2025年8月16日土曜日

湖岸の木陰

 

 7月の終わりにライカM-Aが手元に届いたが、あまりにも暑い日が続くので撮影に出かけることが出来ずにいた。毎晩寝る前に、M-Aを防湿庫から取り出して、ファインダーを覗き空シャッターを数回切り、また防湿庫へ戻して安心するという日々を繰り返していた。

 しばらく雨の日が続いた後、立秋が過ぎた。天気予報の予想気温はまだまだ高く、日々、最高気温の記録更新のニュースが流れている。それでも観測数値とはうらはらに空気の質は秋に近づいているのを感じる。

 そんな夏の午後、琵琶湖の浜辺で過ごそうと思い、M-Aを買ったときに付属していた使用期限が今月までのコダックのTri-Xを装填し、海津に向かった。かつて愛用していたフィルムだが、価格が高騰し、とても買えるものではなくなってしまった。かなり贅沢な気分でこの日は撮影に臨んだ。いつもはISO100設定のフィルムを使っているので、露出計の設定をISO200(減感)に設定した。

 漁港から琵琶湖を左側に眺めながら、浜辺を歩く。琵琶湖岸は場所によって、葦が繁っていたり岩礁地帯であったり様々な様相を呈している。ここは、かつての宿場町で、民家の庭と浜辺との境界が曖昧だ。生活空間と琵琶湖が接近しているため、浜辺がほどよく管理されており、とても心地が良い。
 そして、ここの浜辺の光は独特でとてもいい。湖面に反射した光が広葉樹の木陰を通過する際、浜辺の白茶色の砂に当たり拡散されつつ、民家の壁に到達する。光が変化しながら湖面から民家まで移動する、程よい距離がこの浜辺には存在する。
 木陰が心地よいせいか、昼寝している人がいた。

 しばらく浜辺を歩き進むと松林になり、あたりは松脂の香りで包まれるようになる。広葉樹とは違う形の木陰を落とし、民家もなくなるので、先ほどの光の空間はここにはない。
 いくつかの、飛び越えることができるくらいのサイズの小川の河口を越えてさらに歩くと、湖水浴客で賑わう高木浜、知内浜へ行き着くが、ここはもう静けさとは無縁の別世界である。(よくもわるくも)

 いくつかの木陰を繋ぐように、行きつ戻りつ撮影を進めていく。撮影中は、視覚以外の情報は脳に入ってこないが、カメラを下ろすと、ヒグラシやツクツクボーシの鳴き声が聞こえてきたり、歩みを進める足元の草むらからは、バッタが飛び出してくる。これから咲きそうな蕾を蓄えたユリも生えている。秋の気配をそこかしこに感じる。

 たまに吹く風は、吹く度に温度や湿度や匂いが違っている。山から降りてくる風、町屋を通り抜ける風、林間を吹き抜ける風、それぞれの場所でその場の成分を空気が含みこむのだろう。

 二時間ほど歩き、漁港のあたりに戻ったときには夕方近くになっていた。射光線の状態だと木陰の位置は早く移動していく。それでも、昼寝している人は相変わらず移動した木陰の下で眠り続けている。

 光が弱くなってくると、砂浜の照り返しが弱くなり、日中は見えなかったものが見えてくる。あたりには、二枚貝や巻貝の貝殻、鳥(鳩くらい)の卵の殻、魚か鳥の風化した骨が落ちている。そんな浜辺を、二匹の猫が走り抜けていく。

 ここは、人の生活と自然が調和した心地よい場所。

 この日、M-Aに詰めたフィルムは全て取り終えた。だって、カメラの中にフィルムが入ったままだと、寝る前の楽しみがなくなるでしょ?


 

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