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2026年3月28日土曜日

線は、僕を描く

 砥上 裕將著「線は、僕を描く」


大学生である主人公の鎮魂と再生の物語を、水墨画の修行を通して描いた小説だ。

 大事なことが書かれているような気がして、時期を変えて三回読んだ。
 横浜流星主演による映画版もある。だが、いくつか省略されているところがあり、湖山先生(主人公の水墨画の師匠)のキャスティングも、少しイメージと違った。格好良すぎるのだ。
 この物語に必要なのは、完成された佇まいよりも、もう少し不器用な気配なのかもしれない。だから、やはり小説のほうがいい。

 心に残った湖山先生の言葉を、書き留めておいた。


・目の届くところにしか、手の技は届かない。

・できることが目的じゃないよ。やってみることが目的なんだ。

・どんなに失敗してもいい。失敗することだって、当たり前のように許されたら、おもしろいだろ?

・拙さが、巧みさに劣るわけではないんだよ。

・気韻生動を尊ぶ。気韻というのは……端的に言えば、楽しんでいるかどうか、だよ。

・自分の絵だけを見ていれば、そのうち自分自身の手にも、技にも、騙されるようになってしまうよ。

・現象とは、外側にしかないものなのか? 心の内側に、宇宙はないのか?

・(水墨画は)着彩を排していることからも、我々の外側にある現象を描く絵画ではない……。

・我々の手は、現象を追うには遅すぎるんだ。(描き)終わったときには、またすべてが変わっている。

・絵は、絵空事だよ。

・君が優れた水墨画家になるか、ならないかなんて、そんなことはどうだっていい……それを伝える術が、水墨しかなかったんだよ。


 これらの言葉は、水墨画に限った話ではない。写真を撮ることにも、そのまま重なる。
 
 目の届くところにしか、手の技は届かない。認識していないところに、技巧を凝らすことは出来ない。

 できるかどうかよりも、シャッターを切ってしまうこと。失敗を許された場所でしか、像は立ち上がらない。

 現象は外側にだけあるのか。それとも、こちらの内側にすでに用意されているのか。

 手は遅い。気づいたときには、光も、気配も、すでに別のものになっている。
それでも、遅れたまま、触れようとする。

 絵は絵空事だ、という言葉が、なぜか救いのように残る。写真もまた、現実そのものではない。

だからこそ、そこにしか宿らないものがある。

 これは、僕にとっては形而上のレンズについて書かれた物語なのだと思う。
目に見えるものを写しながら、いつのまにか、こちら側が描かれてしまう、その過程について。

 線は、僕を描く。
 写真もまた、僕を描くのかもしれない。

2026年3月10日火曜日

写真批評

 金村 修 著「写真批評」


 金村修氏のエッセイが写真界隈で話題になっているので、読んでみた。


 金村氏といえば、かつて『日本カメラ』のモノクロ写真部門で月例フォトコンテストの審査員を務めていた時期がある。その容赦のない選評は非常に魅力的だった。「卓越した、普通にうまい写真」などは、まず選ばれない。どんな写真であれば選ばれるのか、皆目見当がつかないほどカオスな月例だったと思う。

 

 もしかすると、そんな月例だからこそ自分にも勝機があるのではないか——。

 そう思い、その年は一回だけ応募してみたのだが、幸運にも入選して誌面に掲載されたことがある。その際にいただいた選評は、写真の体裁を整える技術など一蹴され、剥き出しの何かが引きずり出されるようなものだった。その言葉は、良くも悪くも一生、僕の心に深く突き刺さっている。それはある種の呪縛と救済のようなものだった。


 その月例で好評を博した金村氏は、翌年から同誌で「金村修に叱られたい!」という連載コーナーも担当されていた。

 そんな金村氏が綴るエッセイが、面白くないはずがない。360ページというボリュームながら、一つの章を読み終えて次をチラ見するたび、どうしても気になって読み進めてしまう。結局、それほど時間をかけずに読了してしまった。

 随所にベッヒャー夫妻やバルト、ポロック、アジェといった名前が登場するため、これらの名に反応する読者なら、随所で立ち止まらされるだろう。


2026年2月3日火曜日

明るい部屋

 

ロラン・バルト著「明るい部屋―写真についての覚書」(1997)


 ロラン・バルトの『明るい部屋――写真についての覚書』。 写真論の古典でありながら、僕はこの本を手に取るのを長く避けてきた。みすず書房の重厚な装丁、そして翻訳特有の「……するところのもの」といった難解な言い回し。ページをめくる前から、その手強さを想像していたからだ。しかし、敢えてそこに踏み込んでみた。分からない部分は分からないままでいい。


 以下は、この難解な迷宮をアリアドネの糸に導かれ、僕なりに咀嚼し、たどり着いた景色である。

*この本にはアリアドネの章もあったので援用してみた。



「ストゥディウム」

 写真は一見、現実をありのままに写し取っているように見える。しかし実際には、僕たちは無意識のうちに多くの「コード(規則)」に支配されながら、その像を解釈している。コードとは、撮影者の視点であり、僕たちの「認識の枠」の一部を形成している。


 バルトは、この文化的に理解可能で、誰もが共有できる意味の領域を**「ストゥディウム(Studium)」**と呼んだ。


 たとえば、日本の伝統行事の稚児行列に参加しようとしている化粧をした子供の写真があるとする。窓からの射光線がその顔を照らしている。「これは伝統の記録であり、光の使い方が効果的だ」……。そうした容易に言語化できる要素の集積がストゥディウムである。


 SNSに溢れる「映える」写真もまた、まさにストゥディウムの塊だ。また、バルトによればポルノもまたストゥディウムに属する。それは実用的で明白であり、何が写っているかを即座に言語化できるからだ。

 対して「エロティシズム」は、写っていない何かを想起させ、鑑賞者の内面を揺さぶる。それはもはやストゥディウムの領域ではない。

 エロ本は、その内容がエロティシズムではなくポルノなので、エロ本という言い回しは間違っていることになる。と、思った。

 

「プンクトゥム」

 時としてそのコードが通用しない瞬間が訪れる。バルトが**「プンクトゥム(Punctum)」**と名付けた、観る者を突き刺す「意味になりきらない何か」である。


 プンクトゥムは、鑑賞者が個人的に「感じてしまう」ものである。通常、鑑賞の主体は人間であり、写真は客体に過ぎない。だが、ニーチェが「深淵をのぞき込むとき、深淵もまたこちらをのぞき込んでいる」と言ったように、プンクトゥムが発生する瞬間、主客は逆転する。写真の側から、こちらを刺しに来るのだ。


 バルトは写真を「俳句」に例えた。五・七・五という形式の中で、用いられている単語のの意味以上のものが、ある細部から見えてくる。写真もまた、静止した像の裂け目から、僕たちの認識を根底から揺さぶってくる。

 

「みるための時計」としてのカメラ

 カメラという装置は、もともと家具や時計の技術から派生したものだという。そう考えると、写真はまさに**「みるための時計」**なのだとバルトは言っている。


 ここで一つの疑問が浮かぶ。プンクトゥムは鑑賞者に発生するものだが、では、その状況をすべて知っている「作者自身」が自作を見たときはどうなるのか。


 撮影時の僕は、たしかに「意図を持つ主体」であった。しかし、相応の時を経て自作に対面したとき、僕は「ただの観者」へと変貌する。かつての自分が捉えたはずの背景、忘れていた身振り、今は失われた場所……。それらは「今となっては失われてしまった事物」として、無慈悲に僕を突き刺す。


 作者は、自分が写した「かつての自分」という名の存在に射抜かれる。写真は、時間がもたらす不可逆性を突きつける、最も精緻な時計である。ただし、その時計が動くためには、「時間の経過」という残酷な発酵が必要なのだ。


「それはかつてあった」という狂気

 第一部の最後で、バルトはそれまでの分析的な態度を投げ出す。「今まで書いたことは、やっぱりなかったことにして、もう一回考え直す」という驚くべき前言取り消しを行い、第二部へと突入する。


 これは第一部が誤りだったからではない。分析という「ロゴス(論理)」を捨て、写真がもたらす「パトス(情念)」の深淵へと飛び込むための儀式だったのだ。


 バルトは写真の本質を、**「それはかつてあった」**という狂気であると結論づけた。 狂気とは何か。それは、過去のある瞬間が、時間を超えて「今、ここ」に存在する矛盾そのものだ。


「かつて在った」という確信と、「今はもういない」という喪失。この矛盾が同時に突きつけられたとき、理性を超えた剥き出しの感情が立ち上がる。これこそが写真の孕む狂気である。


 僕もまた、ずっと以前、毎年海外へ撮影に出かけていた。その頃の写真を見返すたび、「もうこんな写真は二度と撮れない」と痛感する。今の僕はあの頃の僕ではなく、被写体となったあの場所もあの人も、もう存在しない。その事実が僕を射抜くとき、僕はプンクトゥムという名の狂気に触れている。


 バルトは、写真を本当によく見るためには、時として写真から顔を上げるか、あるいは目を閉じてしまう方がいいと言う。

 コード化された意味から自由になり、心の奥底で立ち上がってくる印象に身を任せる。そのとき、写真は単なる記録であることをやめ、二度と繰り返されることのない「一回性」の痕跡として、僕たちの実存に触れてくる。


 「ただ一度しか起こらなかったこと」を、理解可能な形式へと変換してしまうのがコード化だとするならば、そこから漏れ出した「痛み」こそが写真の正体なのかもしれない。その裂け目は僕たちの認識を壊すが、同時に、新しい世界を見るための枠組みを形成する契機ともなるのだ。

2025年12月27日土曜日

穏やかな執着

  現代美術家・村上隆の著書『芸術闘争論』の中で、彼は鑑賞の四要素として次のものを挙げている。

① 構図

② 圧力

③ コンテクスト

④ 個性

 この中で、②の「圧力」とは何だろう、と引っかかった。色彩や描かれている事物の強さのことだろうか。

 どうもそういう意味ではなく、村上氏はそれを「執着力」や「執念」として説明している。もう少し良くするにはどうすればいいのかを毎日自問自答し、自分の作品を肯定しながら弱点を補完し続ける。その持続力こそが圧力なのだという。

 そう言えば、ある美術展の講評で、審査員が「どこまでやり切ったかは、作品を見れば分かる」と話していたことを思い出した。

 しかし、執着というものは、方向性を間違えれば、不幸の始まりではないだろうか。

 もしその執着や執念の源泉が、「人に見せて評価を得たい」「売らなければならない」「有名になりたい」「人に勝ちたい」といったエゴにあるのだとしたら、それを達成できなかったとき、精神的にも金銭的にも疲弊するだけなのではないか。

 もちろん、そうした方向性で制作せざるを得ない立場の人がいることは理解できる。村上氏がそうだとは限らないが。

 僕にとって写真は、「余暇を楽しむための活動」、いわばレジャーの一つだ。だから、それらのことは、どちらでもいい。そこには強い執着がない。突き詰めていけば、人に見せなければならないという縛りすらないし、他に何か見つかれば写真を中断することもある。

 完成したら、作品をストレージボックスにしまって終わりでもいいし、機会があれば展示してもいいし、どこかの公募展に出品してもいい。

 ここであらためて、執着や執念とは何なのかを考えてみた。

 僕の場合、向き合うべきなのは、結果から得られる価値への執着ではなく、プロセスそのものに対する精進ではないか、と思う。昨日できなかったことが今日できるようになる。それだけで嬉しいし、それは結果として、緩やかに作品の質にもつながっていく。

 何より、そうした姿勢での制作は、フロー純粋経験の状態を生み、幸福に満たされていて、そこに苦しみはない。

 そもそも、エゴへの執着が透けて見えるような作品は、鑑賞対象としても、あまり見たいとは思えない。ゴッホやゴーギャンは、執着の末にボロボロになり、最期の時を迎えたが、制作している時間だけは、そうした苦しみから解き放たれていたのだと、僕は思いたい。

 僕は、執着を燃やし尽くして何かを残すよりも、執着を手放して、穏やかに生きていたい。そして、そんな在り方がにじむ作品を作れたらいい。

 もっとも、これもまた、苦しみから逃れるための一種の執着なのかもしれないが。


2025年8月7日木曜日

色彩論

ニュートン(1643-1727)の光学(1704

万有引力の発見で有名なニュートンは、太陽光をプリズムに当てると、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色に分光することを(も)発見した人である。

ここで興味深いのは、色を7段階にしたのは、1オクターブの音階に合わせて7色にしたことだ。実際のところ、赤から紫まではなだらかに変化していくため、何色にでも定義付けることが出来たと思われるが、科学分野にも芸術の影響があったということである。

橙と藍に関しては変化する幅が狭いため、ミ、ファ及びシ、ドの間の音階は半音の差であることに一致している。ちなみに、白色光は単色光の混合色である。物体の色というのは、発せられた光が物体で吸収されなかった色が反射したときの光の色となる。

 少年時代にピアニストを目指していたアンセル・アダムスは、諧調を11に分割するゾーンシステムを生んだが、やはり音階との関係も経験的に何かあったのだろう。一見、無関係のものからインスピレーションを得て、何かの発見に至ることはしばしばある。ニュートンのりんごも然りである。

「異質にみえる諸関係が相互に接近させられ、それらが一つに結び合わされたから・・・」

と、ゲーテの「科学方法論」の中にも記述がある。

 

ゲーテ(1749-1832)の色彩論(1810

 

 文学者で有名なドイツのゲーテだが、この時代の偉大な人たちは、いろいろなことをやってのけていたようだ。ゲーテもニュートンも政治家としての側面もあった。このゲーテの色彩論、僕にとっては内容が難しく、目で文字を追っているだけで、頭の中にどれほど入っているか分からない。

 ゲーテの色彩論、最初のうち読んでいるとニュートンの光学の批判が随所に出て来る。ニュートンは17世紀の物理学から光を考察したので、人間が見たときの光や色や、視覚異常がある人が見た光や色についてのアプローチをしなかったのは当たり前なのかもしれない。そこまで批判するのは酷なような気がもする。ゲーテは文学者故に、人の生理的視覚からアプローチが出来たのであろう。

 この色彩論の中では、光に最も近い色は黄色、闇に最も近いのは青となっている。青と黄色の先には、ゲーテの色彩環では、一方の頂点が緑、もう一方の頂点は赤になっている。

 僕はモノクローム専門で、カラーは扱わないが、カラー暗室をやる人には、これは違和感があるのではないだろうか?青(C)と黄色(Y)からは、赤は作れない。

 しかしながら、闇に近い色は青、光に近い色は黄色というのは、日常生活では経験的に至極納得できるのではないだろうか。ゲーテは、闇にも色が含まれているという。この辺りはいかにも文学者的な考察だと思う。

 絵本やアニメでは、夜は青っぽく描かれているし、光線兵器の色は黄色を含んでいることが多い。もしかして、ゲーテの色彩論を、みんな知っているのかな?

 ゲーテは、生理的色彩の章の中で、「青は黄色を要求する」と、補色残像についても言及している。これは、強い青を見続けた後、白いものを見ると黄色っぽく見えると言うものである。もしかして、ゴッホ(1853-1890)は、南仏の青い空を見続けたあまり、黄色の空を見たのかもしれない。

  

うたろう(196920😕?)の色彩論(2025

  僕は光学と化学によるモノクローム写真に携わっているので、その経験から色彩について自分自身の悟性により次のように結論づけている。どの門戸から入り、事物を観察したかによって認識は大きく左右されるが、自分が叩いた門はモノクローム写真である。 

前提として濃淡と色彩は合わせて考える。モノクローム写真は、最終的には単色の濃淡で印画紙上に現れる。色彩は、その表現過程で利用するのみだからである。

  まず、完全なる白と黒は色ではないと考える。

どんな色の物体も、完全な闇の中に存在すれば肉眼では闇に紛れ区別出来ない。撮影してもフィルムには記録されないし、印画紙上には諧調のない完全な黒として再現される。

物体に強烈な光(この場合は混合色の光)を当てると、まぶしくて見れなくなり、どんな色の物体も白く見える。撮影するとフィルムには乳剤が最も厚く残り、印画紙上には純白として再現され記録されない。つまり印画紙のベースのままの色となり表現上の空白部分となり最も忌避すべき部分となる。

この二つの理由により、光の強弱もしくは有無によりどんな色の物体も白と黒に飽和していくため、完全なる白や黒は、光か闇かのどちらかである。光や闇を色とは言わない。

闇はフィルムに記録されないし、光は印画紙に記録されない。記録されないものを撮っても無意味であるため撮影対象にはしない。したがって、どれくらい暗ければ闇になるのか、どれくらい明るければ純白になるのかは、自己の記録再現幅を知る必要がある。

 肉眼で見て、白あるいは黒と認識しているものは、完全な白(光)や黒(闇)ではない。それらはフィルムに再現可能な近似な白、もしくは黒である。詳細に観察していくと、肉眼で認識する白や黒は、その周囲との対比によって存在する。

モノクローム写真において、色彩に注意すべきことは撮影時のコントラスト調整に色彩が利用可能なことである。例えば、青い空を濃いグレーで表現したい場合は、黄、橙、赤のフィルターを用いる。真っ赤な紅葉を白く表現したい場合は、赤いフィルターを装着すれば紅葉が白くなる。

 うたろう色彩論は、以上となる。これだけ分かっていれば色彩について僕の人生は困ることはない。

「青は黄を要求する」

青い風景に黄色が存在すると目が落ち着くような気がする。