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2026年3月31日火曜日

「Do It Myself」の効用

 

 1980年代、僕が白黒写真の自家処理を始めたきっかけは、単にその方が圧倒的に安価だったからだ。それ以外に理由はなかった。そうでなければ、最初から迷わずカラー写真を選んでいただろう。当時は白黒写真が美しいとは微塵も思っておらず、コスト面でのやむを得ない選択に過ぎなかった。

 しかし、作業を続けていくうちに、コスト以上に自家処理から得られる恩恵がはるかに大きいことを知り、「もう外注はできない」という思いに変わっていった。それと同時に、モノクロームプリントが持つ独特の美しさも、ようやく理解できるようになったのだ。

 白黒フィルムの現像液は、それこそ何百種類と存在する。外注では、どんな液を使い、どのような温度や攪拌で処理されているかも分からない。それでは到底、自分の目指す仕上がりは望めないだろう。 プリント作業も同様だ。テストプリントを繰り返しては試行錯誤し、理想へと追い込んでいく。この視覚的な判断を、言葉の指示だけで他者に伝えるのは至難の業だ。

 何より、自ら手を動かす過程には常に「学び」がある。そこで得た気づきは、次の表現への応用につながる。

 この日は、展示用パネルの切り出しを行った。既製品を買う方が品質は明らかに高いが、規格品にはない、ある種の「いびつさ」を僕は嫌いではない。写真は制作プロセスの多くを機械に頼るため、作品も工業製品のようになりがちだ。だからこそ、人の手を介した際に生まれるいびつさに、僕は手作業特有の「身体性」を感じるのである。規格品の均質な仕上がりは安心を与えるが、同時に、自分が関与していない存在が空虚さを残す。

 そんなわけで、自分でできることは、まず自分でやってみるのだ。

2026年3月28日土曜日

線は、僕を描く

 砥上 裕將著「線は、僕を描く」


大学生である主人公の鎮魂と再生の物語を、水墨画の修行を通して描いた小説だ。

 大事なことが書かれているような気がして、時期を変えて三回読んだ。
 横浜流星主演による映画版もある。だが、いくつか省略されているところがあり、湖山先生(主人公の水墨画の師匠)のキャスティングも、少しイメージと違った。格好良すぎるのだ。
 この物語に必要なのは、完成された佇まいよりも、もう少し不器用な気配なのかもしれない。だから、やはり小説のほうがいい。

 心に残った湖山先生の言葉を、書き留めておいた。


・目の届くところにしか、手の技は届かない。

・できることが目的じゃないよ。やってみることが目的なんだ。

・どんなに失敗してもいい。失敗することだって、当たり前のように許されたら、おもしろいだろ?

・拙さが、巧みさに劣るわけではないんだよ。

・気韻生動を尊ぶ。気韻というのは……端的に言えば、楽しんでいるかどうか、だよ。

・自分の絵だけを見ていれば、そのうち自分自身の手にも、技にも、騙されるようになってしまうよ。

・現象とは、外側にしかないものなのか? 心の内側に、宇宙はないのか?

・(水墨画は)着彩を排していることからも、我々の外側にある現象を描く絵画ではない……。

・我々の手は、現象を追うには遅すぎるんだ。(描き)終わったときには、またすべてが変わっている。

・絵は、絵空事だよ。

・君が優れた水墨画家になるか、ならないかなんて、そんなことはどうだっていい……それを伝える術が、水墨しかなかったんだよ。


 これらの言葉は、水墨画に限った話ではない。写真を撮ることにも、そのまま重なる。
 
 目の届くところにしか、手の技は届かない。認識していないところに、技巧を凝らすことは出来ない。

 できるかどうかよりも、シャッターを切ってしまうこと。失敗を許された場所でしか、像は立ち上がらない。

 現象は外側にだけあるのか。それとも、こちらの内側にすでに用意されているのか。

 手は遅い。気づいたときには、光も、気配も、すでに別のものになっている。
それでも、遅れたまま、触れようとする。

 絵は絵空事だ、という言葉が、なぜか救いのように残る。写真もまた、現実そのものではない。

だからこそ、そこにしか宿らないものがある。

 これは、僕にとっては形而上のレンズについて書かれた物語なのだと思う。
目に見えるものを写しながら、いつのまにか、こちら側が描かれてしまう、その過程について。

 線は、僕を描く。
 写真もまた、僕を描くのかもしれない。

2026年3月3日火曜日

「それは、かつてあった」の残響


 2月3日のエントリーで、ロラン・バルトの『明るい部屋』について書いた。

 そこに記されていた言葉が、半月ほど経った今もなお、心に突き刺さっている。

 そんな心持ちのまま、昨年から撮影したいと思っていた古民家を目指し、風のない、日差しのやわらかな冬の午後に、美濃市までバイクを走らせた。

 自宅から目的地までは一時間ほど。せめて道中だけは軽やかな気分でいたくて、ZARDのアルバム『forever you』を聴きながら走った。

 長良川沿いを北上する。ヘルメットのシールド越しに流れ去る景色を見ていると、河川敷には梅が咲いている。曲も次々と入れ替わっていく。

 「あなたを感じていたい」が流れた。何度も聴いた曲だが、改めて歌詞に耳を澄ますと、これは冬の歌なのだと気づく。



 ボーカルの坂井泉水さんは、2007年に亡くなっている。

 すでにこの世にはいない。そう思った瞬間、軽快だったはずの旋律が、不意にレクイエムのように響きはじめた。

 

 彼女が生きていたころ、その声は、歌以外の何ものでもなかった。

 だが、いまは違う。

 その声は、彼女が確かに存在したという証拠になっている。


 美濃市の旧市街に入り、目的の古民家に到着した瞬間、唖然とした。

 そこにあったはずの古民家はすでに取り壊され、柵の向こうに赤茶色の地面がひろがっているだけだった。

 そこには、もう何もなかった。

 ただ、「それは、かつてあった」という事実だけが残っていた。

 声は残り、建物は消える。

 だが、残ることと消えることに、優劣はない。

 ただ、時間がそうさせるだけだ。

2026年2月10日火曜日

生成AI画像とストゥディウム、写真表現のこれから・・・

 前回のエントリーで、ロラン・バルト著『明るい部屋――写真についての覚書』(1997)について書いた。

 そこで今回は、改めて生成AI画像との関連について考えてみたい。生成AI画像は、プロンプトによって生成される。プロンプトとは、当然のことながら言語を用いてAIに指示を与える行為である。

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 バルトは、文化的に理解可能で、誰もが共有できる意味――すなわちコードの領域を「ストゥディウム(Studium)」と名付けた。

 一方で、ときにそのコードが通用しない瞬間が訪れる。見る者を突き刺すような、「意味になりきらない何か」。バルトはそれを「プンクトゥム(Punctum)」と呼んだ。

**

 プロンプトは、誰もが共有できる意味によって構成されていなければならない。つまり、言語化可能なストゥディウム的イメージこそが、生成AIの得意分野であると言える。

 前回のエントリーで触れた例をプロンプト化し、実際に画像を生成してみた。その結果が次のとおりである。



プロンプト

「日本の伝統行事の稚児行列に参加しようとしている化粧をした子供に、窓からの斜光線がその顔を照らしている画像」

生成結果


 意外なほど、うまく生成されているのではないだろうか。

 もし、このようなモチーフを対象に実際に撮影していたとしたら、「結果としての画像」だけを求めるのであれば、生成AIは極めて親和性が高い存在であると言える。

 他にも、

 「ひまわり畑とドクターイエロー」

 「ひなびた駅のホームで、白いワンピースを着た女性がトランクを持つ風景」

 「山城と月」

 それらは、SNSで「映える」画像は言語化が容易であることに気づかされる。


 この技術の登場は、写真表現において一つの転換点になるのではないだろうか。過去にも、似たような転換点があった。


<写真と印象派以降の類似性>

 19世紀、写真が「現実の忠実な記録」という役割を担うようになったことで、画家たちはそれまでとは異なる、多様な表現へと向かっていった。

 印象派は光や瞬間の印象を追求し、キュビズムは多視点の同時表現へと踏み込み、抽象画は形態や色彩そのものを探求した。写実という「機能」から解放されたことで、人間にしかできない表現が模索されていったのである。


<生成AIによる新たな分岐>

 生成AIが「言語化可能なイメージ」を高精度で生成できるようになった今、アートは次のような方向へとシフトしていくのかもしれない。

・言語を超えた領域

 ――プロンプトでは記述できない曖昧さ、矛盾、無意識的要素の追求

・物質性・身体性

 ――デジタルでは再現不可能な素材の質感や、制作プロセスそのものの価値

・偶然性と予測不能性

 ――アルゴリズムの確率的生成とは異なる、「真の偶然」との対峙

・文脈依存の体験

 ――特定の空間・時間・鑑賞者との関係性の中でしか成立しない作品

 もっとも、写真が登場しても写実絵画が消えなかったように、生成AIの時代になっても、従来と同じ表現を続ける人はいるだろう。結果として、多様な表現が共存していくはずだ。


 そんな時代に、僕はどこへ向かおうとしているのだろうか。少なくとも、言語化できた時点で安心してしまうような表現ではない。「何が写っているか」が説明できた瞬間に、役割を終えてしまう場所には立っていないつもりだ。

2026年2月3日火曜日

明るい部屋

 

ロラン・バルト著「明るい部屋―写真についての覚書」(1997)


 ロラン・バルトの『明るい部屋――写真についての覚書』。 写真論の古典でありながら、僕はこの本を手に取るのを長く避けてきた。みすず書房の重厚な装丁、そして翻訳特有の「……するところのもの」といった難解な言い回し。ページをめくる前から、その手強さを想像していたからだ。しかし、敢えてそこに踏み込んでみた。分からない部分は分からないままでいい。


 以下は、この難解な迷宮をアリアドネの糸に導かれ、僕なりに咀嚼し、たどり着いた景色である。

*この本にはアリアドネの章もあったので援用してみた。



「ストゥディウム」

 写真は一見、現実をありのままに写し取っているように見える。しかし実際には、僕たちは無意識のうちに多くの「コード(規則)」に支配されながら、その像を解釈している。コードとは、撮影者の視点であり、僕たちの「認識の枠」の一部を形成している。


 バルトは、この文化的に理解可能で、誰もが共有できる意味の領域を**「ストゥディウム(Studium)」**と呼んだ。


 たとえば、日本の伝統行事の稚児行列に参加しようとしている化粧をした子供の写真があるとする。窓からの射光線がその顔を照らしている。「これは伝統の記録であり、光の使い方が効果的だ」……。そうした容易に言語化できる要素の集積がストゥディウムである。


 SNSに溢れる「映える」写真もまた、まさにストゥディウムの塊だ。また、バルトによればポルノもまたストゥディウムに属する。それは実用的で明白であり、何が写っているかを即座に言語化できるからだ。

 対して「エロティシズム」は、写っていない何かを想起させ、鑑賞者の内面を揺さぶる。それはもはやストゥディウムの領域ではない。

 エロ本は、その内容がエロティシズムではなくポルノなので、エロ本という言い回しは間違っていることになる。と、思った。

 

「プンクトゥム」

 時としてそのコードが通用しない瞬間が訪れる。バルトが**「プンクトゥム(Punctum)」**と名付けた、観る者を突き刺す「意味になりきらない何か」である。


 プンクトゥムは、鑑賞者が個人的に「感じてしまう」ものである。通常、鑑賞の主体は人間であり、写真は客体に過ぎない。だが、ニーチェが「深淵をのぞき込むとき、深淵もまたこちらをのぞき込んでいる」と言ったように、プンクトゥムが発生する瞬間、主客は逆転する。写真の側から、こちらを刺しに来るのだ。


 バルトは写真を「俳句」に例えた。五・七・五という形式の中で、用いられている単語のの意味以上のものが、ある細部から見えてくる。写真もまた、静止した像の裂け目から、僕たちの認識を根底から揺さぶってくる。

 

「みるための時計」としてのカメラ

 カメラという装置は、もともと家具や時計の技術から派生したものだという。そう考えると、写真はまさに**「みるための時計」**なのだとバルトは言っている。


 ここで一つの疑問が浮かぶ。プンクトゥムは鑑賞者に発生するものだが、では、その状況をすべて知っている「作者自身」が自作を見たときはどうなるのか。


 撮影時の僕は、たしかに「意図を持つ主体」であった。しかし、相応の時を経て自作に対面したとき、僕は「ただの観者」へと変貌する。かつての自分が捉えたはずの背景、忘れていた身振り、今は失われた場所……。それらは「今となっては失われてしまった事物」として、無慈悲に僕を突き刺す。


 作者は、自分が写した「かつての自分」という名の存在に射抜かれる。写真は、時間がもたらす不可逆性を突きつける、最も精緻な時計である。ただし、その時計が動くためには、「時間の経過」という残酷な発酵が必要なのだ。


「それはかつてあった」という狂気

 第一部の最後で、バルトはそれまでの分析的な態度を投げ出す。「今まで書いたことは、やっぱりなかったことにして、もう一回考え直す」という驚くべき前言取り消しを行い、第二部へと突入する。


 これは第一部が誤りだったからではない。分析という「ロゴス(論理)」を捨て、写真がもたらす「パトス(情念)」の深淵へと飛び込むための儀式だったのだ。


 バルトは写真の本質を、**「それはかつてあった」**という狂気であると結論づけた。 狂気とは何か。それは、過去のある瞬間が、時間を超えて「今、ここ」に存在する矛盾そのものだ。


「かつて在った」という確信と、「今はもういない」という喪失。この矛盾が同時に突きつけられたとき、理性を超えた剥き出しの感情が立ち上がる。これこそが写真の孕む狂気である。


 僕もまた、ずっと以前、毎年海外へ撮影に出かけていた。その頃の写真を見返すたび、「もうこんな写真は二度と撮れない」と痛感する。今の僕はあの頃の僕ではなく、被写体となったあの場所もあの人も、もう存在しない。その事実が僕を射抜くとき、僕はプンクトゥムという名の狂気に触れている。


 バルトは、写真を本当によく見るためには、時として写真から顔を上げるか、あるいは目を閉じてしまう方がいいと言う。

 コード化された意味から自由になり、心の奥底で立ち上がってくる印象に身を任せる。そのとき、写真は単なる記録であることをやめ、二度と繰り返されることのない「一回性」の痕跡として、僕たちの実存に触れてくる。


 「ただ一度しか起こらなかったこと」を、理解可能な形式へと変換してしまうのがコード化だとするならば、そこから漏れ出した「痛み」こそが写真の正体なのかもしれない。その裂け目は僕たちの認識を壊すが、同時に、新しい世界を見るための枠組みを形成する契機ともなるのだ。

2026年1月6日火曜日

認識を助けるための、忘却

 

PENTAX SP Super-multi-coated Takumar 55mm f1.8

Fomapan200(EI100)  Stoeckler Two-bath Film Developer

SILVERCHROME FLEXGRADE RC Matt

 フィルム写真は、撮影後すぐに確認することができない。後で見返してみると、なぜこんな写真を撮ったのか自分でも分からないものがある。意図的に撮ったのか、あるいは事故的にシャッターが切れてしまったのか、それすら判然としない。

 現像するまで結果が分からないその時間を「楽しみ」だと言う人は多いが、僕個人はそう思ったことはない。デジタルカメラであれば即座に確認し、失敗していれば消去して撮り直すだろう。フィルムでも同様のことが可能なら、おそらくそうしてしまっている。

 デジタルカメラにおける「即座の消去」は、「現在の自分」の価値観による検閲とも言える。撮影した瞬間の自分にとって「失敗」と見なされたものは、その場で存在を抹消され、未来の自分に届くことはない。

 それならば、デジタルカメラでの「失敗作」も、消去せずに保存しておけば良いのかもしれないが、僕の場合、デジタルカメラでの撮影目的は、あくまでも「記録」なので、意図に反したものは、消去したい性分なのだ。
 
  しかし、その「効率の良さ」が必ずしも良い結果に結びつくとは限らない。

 フィルムの場合、結果を見るには待たざるを得ない。「待つ」と言っても、僕の場合は自分で現像しているため、未現像のまま保管している時間が長いというだけのことだ。フィルムは、ある程度溜まってから作業した方が効率も良く、現像液の節約にもなる。

 結果として、撮影から暗室でプリントするまでには、ある程度の月日が経過することになる。そこには思わぬ効用がある。時間が経つことで、撮影時の記憶があいまいになっていくのだ。それは、画像を暗室で再構成する際、良い方向に働く。撮影時の主観的な感情が薄れることで、自身の写真を客観視できるようになるからだ。

 「待つ」という行為は、単なる効率化ではなく、それは、「自分」というノイズが消えるのを待つための熟成期間なのかもしれない


 撮影した瞬間の「僕」と、数ヶ月後にネガを見る「僕」は、別の存在である。時間が経過することで、かつての自分の感情というバイアスが剥がれ落ち、純粋な「対象」として写真に向き合える。「忘却」が「認識」を助けてくれる。

 この写真も、撮影した記憶が全くない。しかし、ピントも露出もそれなりに合っている。何かの弾みでシャッターが降りたわけではなさそうだ。気になって、小さな印画紙にさっとプリントしてみた。

  仕上がったものを見ても、やはり「これは何だ」という感覚は拭えない。だが、そのわけの分からなさが面白い。自分でもこれ以上どうしようもない写真なので、「このネガを丁寧に焼き直そう。」とまでは思わない。

 ただ、こうして図らずも撮れてしまった写真が、表現の新たな出発点になることはある。

2026年1月4日日曜日

ノイズに耳を澄まし、目を凝らす


   


  昨年を振り返ってみると、古楽をよく聴いていた。聴き始めの頃は知識がなく、十六世紀の音楽家ジョン・ダウランドのリュート作品ばかりを繰り返し聴いていた。

 なんて心癒される音色だろうと思った。

 他のリュート作品も聴いてみたくなり、オムニバスCDを手に取った。すると、音色や奏法に随分と違いがあることに気づいた。
 
 調べてみたところ、リュートにはルネサンス様式とバロック様式があるらしい。僕が聴いていたジョン・ダウランドはルネサンス様式である。 バロック様式では、リュートを大型化したテオルボという楽器があり、かなり低音が出る。音域がとても豊かである。 テオルボの作品を調べて、今村泰典さんの「バッハの《無伴奏チェロ組曲》」を、ダウンロード購入してみた。 (YouTube でも視聴できるみたい。) 

  僕は、音楽にはまったくと言っていいほど門外漢で、音楽理論は分からないので、理性ではなく感性のみで鑑賞することになる。

 知識がないことは、悪いことばかりではない。器楽曲であれば、耳から脳に届く情報を理性で分析することなく、感性のまま受け止めることができる。日本語の歌詞が入った曲だと、理性で意味を解釈しないわけにはいかないため、そうはいかないが。

  リュートのようなソロの演奏を聴いていると、手のひらがネックを滑る音や、袖が弦に触れたときの音に気付く。

 DTM(コンピューター打ち込みの音楽)では、身体行為に付随するノイズは発生しない。ノイズは一般に雑音とされるものだが、そういったノイズは快なのか、あるいは不快なものなのか?僕には快く聴こえるため、好意的なものとして捉えている。

 耳に届く「身体的なノイズ」が音楽に奥行きを与えるように、視覚表現におけるノイズもまた、単なる雑音以上の意味を持ち得るのではないか。

 フィルム写真の世界を振り返ると、現像ムラや傷、埃といったノイズは、かつては徹底的に忌避される対象だった。しかし、いつの頃からかこのノイズを表現手段とする作品が見られるようになった。

 フィルムの最初と最後のコマの、半分しか露光されていない像を積極的に面白がるのも同じ感覚だと思う。 先日読んだ村上隆氏の「芸術闘争論」の文中に、視線誘導をするため、ノイズを意図的に描くこともある。というくだりがあった。僕の場合、現像ムラがあるネガは、即座に失敗と判断し、傷や埃によるスポットは、印画紙に修正を施し、その存在を消してきた。 

 リュートの弦が擦れる音を愛でるように、これからは写真に現れるノイズもまた、一つの「音色」としてその可能性を模索してみたい。



2025年12月29日月曜日

認識の枠とストリートフォトグラフィー


PENTAX SP Super-multi-coated Takumar 55mm f1.8

Fomapan200(EI100)  Stoeckler Two-bath Film Developer

SILVERCHROME FLEXGRADE RC Matt


 ストリートフォトグラフィーとは、まちを歩き、偶然に現れた現実を即時に撮影したもの、と定義づければよいだろう。


 先人たちの巨匠の作品には、人が写っている場合が多く、そこには人間ドラマがあり、いわゆる決定的瞬間が写し取られていた。


 二十一世紀に入り、インターネットが普及し、誰もが撮影した画像を公衆の面前に晒すことが可能になった頃から、写真を撮る人々は肖像権に対して、より神経質になっていった。それは、社会全体が「ホワイト化」していく流れとも無関係ではないだろう。


 そのような情勢の中で、人が写り込んだ写真を撮影する者は、次第に減少していった。


 新聞の三面記事を眺めていると、盗撮で逮捕という報道を頻繁に目にする。こちらにその意図がなかったとしても、いつ自分が犠牲の祭壇にまつり上げられるか分からないと思えば、人を撮ることに慎重になるのも無理はない。


 結果として、人が写り込んでいたとしても個人が特定できない状態であったり、撮影対象そのものが都市風景や物体へと移行していった。僕自身も、カメラを提げてまちを歩くときは、自然とそのような撮影スタイルになっている。



PENTAX SP Super-multi-coated Takumar 55mm f1.8

Fomapan200(EI100)  Stoeckler Two-bath Film Developer

SILVERCHROME FLEXGRADE RC Matt



 カメラという装置を用いてまちを撮影する行為は、絵画などの表現手法とは異なり、「無意識」と直結、もしくはより近い領域で作用しているのではないだろうか。


 絵画は、構図や色彩の選択など、理性が介在する余地が大きい。ジャクソン・ポロックは、理性を排除し無意識と接続するためにアクションペインティングという手法を採ったが、それは偶然性に身を委ねたというよりも、理性ではなく無意識によって制御された行為であったと言える。


 感性、悟性、理性の順に意識は深まっていくが、ストリートフォトグラフィーは、出会い頭に撮影が完了する表現であり、その多くは感性の領域で完結する。


 一方で、風景や静物に取り組む際には、構図や露光時間を吟味するなど、理性の働きが大きく関与する。そこには、写真表現の別の位相が存在している。


 ストリートフォトグラフィーは、感性の無意識領域で世界にアクセスする必要がある。そのため、以前のブログに書いたように認識の枠を揺さぶるための内面の再編成、意識的な努力と深い内省が不可欠だと改めて思う。


  哲学は、答えではなく問いである。知識ではなく道具である。と、つくづく感じる。


Nikon FG Ai Nikkor 50mmF1.8S

Fomapan200(EI100)  Stoeckler Two-bath Film Developer

SILVERCHROME FLEXGRADE RC Matt

2025年12月27日土曜日

穏やかな執着

  現代美術家・村上隆の著書『芸術闘争論』の中で、彼は鑑賞の四要素として次のものを挙げている。

① 構図

② 圧力

③ コンテクスト

④ 個性

 この中で、②の「圧力」とは何だろう、と引っかかった。色彩や描かれている事物の強さのことだろうか。

 どうもそういう意味ではなく、村上氏はそれを「執着力」や「執念」として説明している。もう少し良くするにはどうすればいいのかを毎日自問自答し、自分の作品を肯定しながら弱点を補完し続ける。その持続力こそが圧力なのだという。

 そう言えば、ある美術展の講評で、審査員が「どこまでやり切ったかは、作品を見れば分かる」と話していたことを思い出した。

 しかし、執着というものは、方向性を間違えれば、不幸の始まりではないだろうか。

 もしその執着や執念の源泉が、「人に見せて評価を得たい」「売らなければならない」「有名になりたい」「人に勝ちたい」といったエゴにあるのだとしたら、それを達成できなかったとき、精神的にも金銭的にも疲弊するだけなのではないか。

 もちろん、そうした方向性で制作せざるを得ない立場の人がいることは理解できる。村上氏がそうだとは限らないが。

 僕にとって写真は、「余暇を楽しむための活動」、いわばレジャーの一つだ。だから、それらのことは、どちらでもいい。そこには強い執着がない。突き詰めていけば、人に見せなければならないという縛りすらないし、他に何か見つかれば写真を中断することもある。

 完成したら、作品をストレージボックスにしまって終わりでもいいし、機会があれば展示してもいいし、どこかの公募展に出品してもいい。

 ここであらためて、執着や執念とは何なのかを考えてみた。

 僕の場合、向き合うべきなのは、結果から得られる価値への執着ではなく、プロセスそのものに対する精進ではないか、と思う。昨日できなかったことが今日できるようになる。それだけで嬉しいし、それは結果として、緩やかに作品の質にもつながっていく。

 何より、そうした姿勢での制作は、フロー純粋経験の状態を生み、幸福に満たされていて、そこに苦しみはない。

 そもそも、エゴへの執着が透けて見えるような作品は、鑑賞対象としても、あまり見たいとは思えない。ゴッホやゴーギャンは、執着の末にボロボロになり、最期の時を迎えたが、制作している時間だけは、そうした苦しみから解き放たれていたのだと、僕は思いたい。

 僕は、執着を燃やし尽くして何かを残すよりも、執着を手放して、穏やかに生きていたい。そして、そんな在り方がにじむ作品を作れたらいい。

 もっとも、これもまた、苦しみから逃れるための一種の執着なのかもしれないが。


2025年12月12日金曜日

河口の額とエポケー

 


 久しぶりに大判カメラを持ち出し、夕闇が忍び寄る薄暮の琵琶湖を撮ろうと思い、長浜へ向かった。


 午後三時には現地に着いたものの、僕が思い描いていた風景はそこにはなかった。風の強弱、空気の質感、雲の密度、湖の水位──それらの微妙な組み合わせが、僕の撮影意欲を決定づける。この日の琵琶湖は、その条件を満たしてはいなかった。大判カメラでの撮影は、早々に諦めることにした。


 ただ、このまま帰るのは惜しい。そこでニコンFGを肩に掛け、湖岸を歩いて姉川河口へ向かうことにした。柳を中心とした雑木林が防風林のように続き、その薄暗い道を抜けると、一気に視界が開けて砂浜に出た。頬に冷たい風が触れ、ようやく季節が深まりつつあることを肌で知る。


 湿度が低く、空気が澄んでいるからだろう。対岸の湖西の稜線まではっきりと見える。安曇川のあたりには低い雲がかかり、そこから雨柱が斜めに地上へ落ちていた。夏の積乱雲が落とす直線の雨とは違う。比良おろしにあおられてゆっくり傾く、その晩秋らしい雨柱を、僕はしばらく眺めた。


 夏の間に繁茂した水草は、浜辺に打ち上げられて厚く堆積し、その上を波が運んだ砂が覆っている。砂浜を歩いているはずなのに、踏みしめる足裏は布団のようにふかふかと沈み、歩みが思うように進まない。


 ところどころには、鳥に食べられた魚の骨、割れたくるみの殻、そしてペットボトルなどのゴミが漂着していた。きっと秋の終わりから吹きはじめる比良おろしに乗って、このあたりへ運ばれてきたのだろう。


 この日はさほど風が強いわけでもなかったが、姉川の河口では、琵琶湖側から逆流するように波が押し寄せていた。短い秋の陽光がその河口に反射し、薄鈍色の光をゆらゆらと揺らしている。


 その波打ち際に、小さな木製の額が落ちていた。どんな旅路を辿って、ここまで流れ着いたのだろう。僕はそれを拾い上げ、風と日差しの下でしばらく乾かした。塗料は不規則に剥がれ、ところどころ下地が覗いている。木の地肌がむき出しになった部分には、流されてきた時間がそのまま刻まれていた。


 それは、人が意図して作り出せる状態ではない。美しいのか、あるいはただ劣化したゴミにすぎないのか──どちらとも言い切れない宙ぶらりんな感情だけが胸に残る。結論を出せないまま、僕はそっとカバンにその額をしまった。


 僕は写真作品をつくるとき、工程そのものよりも「待つ時間」を大切にする。撮影、ネガ現像、引き伸ばし──どれも、一つを終えたあと次へ進むまでに、数日、ときには数週間をおく。その間に読んだ本や会った人の言葉が、じわりと自分の確信を形づくっていく。そして確信が満ちたころ、静かに作業に向かう。


 拾った額についても、同じように判断を保留し、エポケー(判断停止)の中に置いておこうと思う。エポケーは、忘れ去ることではない。問いを無意識領域に落とし込む作業である。


 いつか、この琵琶湖に洗われた額を「美しい」と思える日が来たなら、そのときは丁寧に手入れして、ふさわしい一枚の写真を入れてやりたい。

 その写真は、きっとこの額の旅路を尊ぶような一枚でなければならない。





2025年12月9日火曜日

形而上のレンズ交換

 

 18世紀のドイツの哲学者カントは、人が世界をそのまま捉えるのではなく、ある種の枠組みを通して認識していると述べた。

 その考えを借りつつ話を進めると、世界をどのように認識するかは、個々の経験や先入観、文化的背景によって影響される。つまり、僕たちは世界そのものをそのまま認識するのではなく、無意識的な枠組みによって変形されたものを認識している。深層心理と言ってもいい。

 認識は単なる外的な世界の反映ではなく、無意識的な枠に基づいて選別された結果であり、その枠に縛られるため、物事を枠からはみ出した、思いもよらない方法で認識することはできない。

 図にあるように、現象を認識の枠というフィルターを通すと、クローズアップされたり、切り捨てられたり、本来なかった物が意識の場に出現したりする。

 写真を撮る瞬間、何を「美しい」と感じるか、何にシャッターを切るかは、意識的な判断よりも無意識的な反応や感覚、違和感によって決定され、同時に作品に個性を与える。

 認識の枠が無意識領域に存在する理由は、意識的に行う行動は思考負荷が高く、瞬時に行えず、安定的に対応ができないためである。無意識的な枠組みは、日常的に効率的に反応し、行動できるようにするために存在する。

 したがって、同じような作品しか作れなくなり、自分で自分の作品に飽きてきた場合は、認識の枠を変えなくてはならない。それには、無意識領域の再編成が必要となる。具体的手法としては、フロー体験、文芸作品の貪欲な吸収、旅などの新たな環境体験により、認識の枠を揺さぶる必要がある。新たな視点を得ることで、世界を見る「無意識領域のレンズ」が変わり、作品に変化が現れる。

 新たな「無意識領域のレンズ」を手に入れるための、最も手軽で簡便な方法は、カメラ屋に行き、欲しいレンズを手に入れることかもしれない。物理的に世界を見るレンズを変えれば、その体験は無意識領域に落とし込まれ、世界を見るための「無意識領域のレンズ」にも影響を与えることができるかもしれない。

 写真を志す人たちは、それを経験的に知っているため、そうしたロジックがなくても、無意識にカメラ屋でレンズを探しているのだろう。もはや夢遊病者のように。

 しかし、この方法は手軽で簡単であるだけに、得られる効果は限定的であり、深い変化をもたらすものではない。物理的なレンズを変えても、それだけでは根本的な認識の枠を大きく揺さぶることは難しい。だからこそ、認識の枠を変えるためには、内面の再編成が必要だと感じている。そしてそのためには、意識的な努力と深い内省が不可欠だと改めて思う。

 



2025年11月22日土曜日

フローへの助走

 本日も秋晴れだ。僕は部屋に丁寧に掃除機をかけ、布団を太陽の温もりをたっぷり吸って膨らむように陽光の下に広げる。今夜の心地よい眠りは、これで約束されたようなものだろう。

 布団を干している間、先日の美濃市で撮り切れなかったフィルムが入ったままのカメラを手に取り、中山道の湊町へ愛用の自転車に跨がり、静かに漕ぎ出した。

 先日訪れた美濃市もそうだが、近代化の波が押し寄せる以前のまち並みには、どこか時間の厚みが漂っている。旧街道の裏手には、過去への分岐点のような狭く、曲がりくねった道が張り巡らされ、そこには時間を遡ったかのような魅力的な被写体が潜んでいるのだ。

 自転車を漕ぎ始めて最初の10分ほどは、いつものことながら体が重い。まだ出発したばかりなのに、「もう引き返そうか」という億劫な気持ちに囚われそうになる。

 だが、その時間を越えると、次第に心身が動きに馴染み、ペダルを漕ぐことに一定のリズムが生まれる。その後は、意識と行為が融合し、まるで水が流れるようにフロー(Flow)の状態へと移行していく。移動と時間の経過が、内側で一つになっていくあの感覚だ。

 創作活動においても、このフローの状態に自分を置くことが、最良の結果を生む鍵だと僕は思っている。

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【フロー(Flow)】とは、心理学者のミハイ・チクセントミハイが提唱した概念で、僕らが特定の活動に完全に没頭し、時間の感覚さえ忘れてしまうほど夢中になっている心理状態を指す。フロー状態は、高い集中力と生産性をもたらすだけでなく、活動そのものから大きな充足感や幸福感を得ることができる。

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 フローに入るためには、あの自転車の漕ぎ始めと同様に、「億劫さ」という助走期間を乗り越える必要がある。このエンジンがかかるまでの一手間が、創作活動に取り掛かるのを妨げる最大の壁だ。

 フローに入るためにコーヒーを淹れたり、気分を上げる音楽を聴いたりしているうちに、結局その準備だけで終わってしまうことが多々ある。集中力を上げるために、音楽を聴き、ごく短時間、瞑想状態に身を置くことはフローに入るための準備としてはとても効果的ではあるが、そのまま眠ってしまうこともある。

 活動を始めても、即フローになるわけではない。フローに入るための条件がある。なぜなら、フローは、「何か他の目的」のためにあってはならないからだ。その活動に「縛り」があると、それは雑念となり、純粋な集中の妨げになる。

 撮影に出かけているのに、途中で急に仕事の電話がかかってきたりすると、その瞬間にフロー状態は継続困難となり解除されてしまう。暗室での作業においても、その行為が失敗を取り戻すための作業であったり、金銭的な目的や迫りくる納期といった「外部の動機」は妨げとなり、心の純度を失うことでフローには入りづらい。

 フローに入るための理想の形は、完成するかどうか自分でも分からない作品を試行錯誤できること。曖昧なままで手探りで向き合える環境こそ創作を深く支える。

 フロー状態に身を置くことは、充実感や幸福感に直結する。フロー状態は創作活動以外でももちろん入ることができる。スポーツ、読書、美術鑑賞、映画鑑賞、性行為など、多くの活動がフロー状態を経験できるものだ(音楽鑑賞のような受動的な行為はフローの準備には使えるが目的化はしにくい)。

 そして、脳は、繰り返し行われた思考や行動に対応して、特定の神経細胞間の結合を強化したり、新しい結合を作ったりする。ゆえに、幾多のフロー体験を重ねることは、単なる一時的な集中力の向上ではなく、脳の構造と機能を変化させ、「フローに素早く、深く入るための習慣的な脳内メカニズム」を築き上げる訓練となり、創作活動において大きなアドバンテージとなる。


 この日、僕は数ヶ月前にフィルムを装填したカメラから、ようやく撮影済みのフィルムを取り出すことができた。

 撮影中は、「フィルムが残っているから撮らなければ」という思いは全くない。ただ歩いて、光と影の気になるところを探し、見つかったら、露出とピントを合わせてシャッターを切る。ただそれだけの行為を、無心で何度か繰り返した。

 フィルムの残りがなくなると、「もう一本持って来れば良かったのに」という小さな後悔の念と共に、心地よかったフロー状態が解除された。


 短い秋の陽が、沈みきらないうちに帰宅して布団を取り入れよう。 今夜はふっくらと膨らんだ布団の中で眠る前に哲学書を読んで別のフローに入り込んでみよう。

2025年11月18日火曜日

撮り切れない午後

 

 冷たくなり始めた風が、秋の深まりを告げる午後のこと。撮りかけのフィルムが入ったハーフカメラを提げ、僕は美濃市の旧市街へと向かった。


 その日の予定は、場所、カメラ、移動手段、そして心の微妙な揺らぎが複雑に絡み合って決まる。この日は、岐阜の郷土の味「鶏ちゃん」を食べたくなり、秋晴れの長良川沿いを愛用のオートバイで走りたい衝動にも駆られていた。そして何より、撮りかけのフィルムを撮り切って現像したかった。

 平日の遅い昼下がり、評判の店は幸いにも空いていた。鉄板が据えられたテーブルの一つに腰を下ろすと、店員が鶏肉と野菜を手際よく炒めていく。時折開く自動ドアから秋風が入り込み、湯気を奥の座席へと運んでいった。湯気と匂いが混じり合う、その一瞬に季節の移ろいを感じた。

 お腹を満たしたあとの午後の残り時間は、街のスナップに充てることにした。美濃市といえば「うだつの町並み」だが、整いすぎた風景は僕の求める被写体を隠してしまう。むしろ観光の賑わいから少し外れた路地にこそ、時代の残滓が存在している。朽ちた看板、幾層もの記憶を纏った壁。そうしたものはどこにでもあるようでいて、初めての街の新鮮な眼差しが新たな発見をもたらしてくれる。僕は街の中心から少しずつ外へと歩を進め、その痕跡を追った。

 通りのあちこちには、今年も「美濃和紙あかりアート展」の作品が並んでいた。和紙で形作られた灯りの塑像が、午後の光に淡く光っている。
 ふと、彫塑作品の題名について考える。具体的な事物の名もあれば、「時間」「希望」といった形而上学的な言葉も多い。ここにある作品の題にも、そうした普遍的な問いかけが潜んでいた。

 翻って、写真の題名はどうだろう。多くは「〇〇の橋」「祭りの〇〇」といった具象的なものが多い。
 思えば、彫塑は無から物質を削り出し、抽象を具象へと立ち上げる行為だ。だからこそ、形而上学的な題と響き合うのだろう。
 だが写真は、現実の断片を定着させる宿命を持つ。写っている事物の意味から、鑑賞者の意識を完全に解き放つことは難しい。だからこそ、写真で抽象や思想を表現するには、題名が視覚情報の先を照らす「思索の道標」とならねばならない。

 芸術という領域において、写真の題名はあまりに軽んじられてはいないか。作品名は、鑑賞者が作品と向き合う際の「入口」であり、そこから深淵へと降りていくための言葉だと僕は思う。

 夕陽が影を長く引き始めたころ、今日もまた撮り切れなかったフィルムをハーフカメラごとバッグにしまった。

 そんな問いを胸に、オートバイのエンジンをかける。冬の気配を頬に感じながら、静かにハンドルを握った。

2025年11月4日火曜日

偶然を必然に変えるまでの時間

 
 現代美術家であり写真作家でもある杉本博司氏。
 彼の代表作「海景」シリーズ。その最初の一枚は、カリブ海を訪れたとき、偶然に撮影された一枚から始まったという。

 南洋の強い日差しの下、奇跡のように雲ひとつない水平線。
 そして、たまたまうまくいったネガ現像。
 数々の偶然が重なり、あの一枚が生まれた。

 しかし、杉本氏は語っている。
 「偶然(マグレ)には再現性がない」と。
 その偶然を必然へと変えるまでに、十年の歳月を要したという。

 巨匠ですら、十年。
 けれど、その「マグレ」を見逃さなかった眼差しこそ、すでに必然の萌芽だったのだろう。

 杉本氏によれば、初期の頃はどれほど丁寧に作業しても、現像ムラが避けられなかったという。それを克服するために、自ら道具を考案し、理想の調子で現像できるようになるまで、十年を費やしたらしい。

 僕もまた、シートフィルムの現像ムラに長く悩まされた一人だ。
 杉本氏の8×10に比べれば、僕の4×5などまだ扱いやすい方だろう。
 それでも、皿現像、ハンガー現像、各社のタンク現像……方法を変えても、どれも満足のいく結果が得られなかった。

 現像ムラの原因を、「道具のせいではなく、自分の技術が未熟だから」と結論づけた。
 だが、何年も試行錯誤を重ねても、ムラは消えない。
 現像液の温度、攪拌のリズム、時間、濃度。
 すべてを見直しても、フィルムのトーンには微かな不均一が残った。

 転機は、友人が3Dプリンターで作ってくれたシートフィルムホルダーだった。
 使い慣れたステンレスタンクにそれを装着して試してみると、長年悩まされたムラが嘘のように消えた。

 ――原因は技術だけではなく、道具にもあったのだ。

 もちろん、皿現像を完璧にこなす人もいる。
 あるいは、被写体にトーンのフラットな部分が少なければ、ムラは目立たないのかもしれない。
 それでも僕には、この解決がひとつの“救い”に思えた。
 長い間見えなかった水平線が、ようやくくっきりと浮かび上がったような感覚だった。

 杉本氏の「海景」シリーズは、奇跡のような偶然から始まった。
 だが、その後の長い時間の中で、偶然は確かな必然へと変わっていった。

 おそらく偉大な作品の多くは、そうして生まれていくのだろう。
 ふと訪れた瞬間に“偶然”が宿り、それを受け止めるための“準備”と“悟性”が、写真家の中で静かに育っていく。

 その最初の一枚を「撮る」ために必要なのは、技術でも運でもない。
 現象を深く見つめ、世界の成り立ちを理解しようとする意志――
 それを作品として形にできる、成熟した眼差しなのだと思う。


2025年10月7日火曜日

空を見つける

 前回のエントリーに続いて、今回も「空」関係の話。

 写真活動は煩悩にまみれていると思う。これを読んでいるあなたもきっとそうだ。どんな煩悩かを、分析していると埒が明かないし、発見したくもない自分を自分を垣間見ることなりかねないのでやめておいた方が賢明だ。

 そんな煩悩まみれのあなたでも(僕もかな💦)、心が解き放たれる瞬間がきっとある。

 京都学派の西田幾多郎が提唱した、思慮分別を介さない「主客未分」の純粋経験こそが、仏教の「空」の概念に通じている。ちなみに、銀閣寺近くの疎水沿いの「哲学の道」の哲学者は、この西田先生のことだから、歩くときは忘れないようにしよう。

 思慮分別を介さない「主客未分」の純粋経験とは、西田幾多郎の哲学における中心概念であり、 主体(私)と対象(外的な何か)がまだ分かれていない、一体となった直接的で根源的な経験状態を指す。これは仏教の「空」の概念と通底し、両者ともに、分別による固定的な二元論を超え、存在の本質に迫る直接的な知や体験のあり方を示唆していると言る。

 「空」の概念には、様々なアプローチがあると思われるが、前回のエントリーとは違う角度から「主客身分」の純粋経験は、説き明かしている。

 撮影しているとき、部屋で作品制作しているとき、鑑賞しているとき、対象に没頭するのは純粋経験であり、雑念がなく他事から心が解き放たれた状態である。

 だから、そんな幸せな時間を過ごすことが出来たのだから、結果としてうまく作品が出来なかったとしても、無駄ではないと思っている。それに、確実にできることなんて、ただの作業なので没頭なんか出来ない。できるかどうか分からないことをやっているから没頭できるのだと思う。

2025年9月30日火曜日

長時間露光

 


この世界が始まったと同時に、シャッターを開き、世界が終わる瞬間にシャッターを閉じ、一枚のフィルムに、過去から未来までのすべての事象を収めることが出来たとする。

その画像には、おしなべて様々な事象が集積されるが、時間の概念が存在していない。個々の事象は、それぞれの時間において存在するが、一枚のフィルムには、その総和が記録された状態となるため、前後関係は等価となる。


そこには、何がどんな状態で記録されているのだろう?


僕は、そこには結果として何も写っていないと思う。


森羅万象、移ろい、関係を保ちながら存在している。存在していたものはいずれ存在しなくなる。物質も人の思いも。

でも、最初から存在しなかったわけではない。様々なものが折り重なるうちに、無くなってしまうだけ。

この考え方は、あの宗教のあれだね(笑)

長時間露光で撮影していると、多くの時間のざわざわとした出来事がフィルムに露光されていくのに、出来上がる画像は様々なものが溶け込んで輪郭を失い、とても静謐な状態となる。全ての事象の総和は、結果として「空」に至るのでははないだろうか。

あ。言ってしまった。


そんなわけで、長時間露光である。

いったいどこからが長時間露光かと言うと、やはり1秒よりも長く露光する場合だろう。

黒白フィルムは、長時間露光時に実効感度が下がる相反則不軌特性がある。

例えば、僕がいつも使っているフォマパン200のデータシートには、次のように書かれている。


 1/1000秒から1/2秒までは露出計の値どおりで撮影して構わないが、1秒よりも長くなると、調整が必要になる。しかし、このデータシートの表だと毎回頭の中で計算しなくてはならないので、自分独自に換算票を作って携帯している。
 
 このフォマパン200というフィルムは、相反則不軌特性の受ける影響がとても強い。それは多くの場合、使いづらさに繋がるが、この効果を逆用し、長時間露光に活かすことが出来るフィルムでもある。

   


2025年9月12日金曜日

AIに心は宿るのか!?

 今月末、「AIと心」をテーマとした数名で語り合う会が催される。僕はリベラルアーツによる知識向上のため、この会に参加してみることにした。ちなみに、僕はこの分野に関して、まったく詳しくない。しかし、何も語れないと楽しくないため、アートに不可欠な「心」の存在に繋げて、僕なりに考えてみた。

 物事を深く考える場合、自分一人だけでは限界があるため、話し相手が必要となる。今回はジェミニを話し相手として、僕の考えを深めていった。ジェミニが全てを考えてくれれば良いのだが、そんなに甘くはない。考えの方向性や切り口は、やはりプロンプトで指示しなくてはならない。それを思うと、様々なことを少しずつでも知っていないと、適切なプロンプトを書けないということになる。思いもよらないことは、質問することさえできないからだ。そのためにも、リベラルアーツに取り組むことは重要だと感じる。行き詰まった時に、他の分野に意外な答えが見つかる場合があるからだ。(最近、写真の教科書に載っていない技法を、日本の伝統技法の墨流しから着想を得ることができた。)


AIと心:内なるプロンプトと感情の謎

 人間は感覚器官から得た情報を脳で処理し、主観化・抽象化を経て物事を認識し、計画、そして行動に移る。このプロセスと同時に、感情が生じる。AIもまた、センサーから得た情報を同様のプロセスで処理しているとすれば、感情以外の作用は人間と酷似していると考えられる。

 しかし、両者には決定的な違いがある。AIは、明確な**プロンプト(指示)**がないと動かない。対して人間は、明確な外部からの指示がなくても自律的に行動する。一見、この点で人間とAIは異なっているように見える。だが、人間の行動は、深層心理や無意識の領域から生じる内的なプロンプトによって動かされているのではないだろうか。


AIは、外部からのプロンプトで動く。

人間は、内部からのプロンプトで動く。


 この仮説が正しいとすれば、両者ともに何らかのプロンプトが存在することになる。心の作用において、異なるのは感情の有無だけかもしれない。だが、その感情の有無を証明することは極めて難しい。僕らは自身の感情を内省的に認識できるが、他者や動物に感情が存在することを証明するのは困難であり、その存在は依然として曖昧である。


芸術と感情の役割

 芸術表現において、感情は不可欠な要素とされる分野が多い。音楽や文学、絵画といった分野は、作者の内面的な感情を表現し、鑑賞者の感情に訴えかける。一方、コンセプチュアルアートのように、アイデアや概念が主眼となる分野であれば、AIでも創造は可能であろう。

 写真が登場した時代、カメラで撮影された画像(フォトグラフ)は、人間の手によって描かれたものではないため、写真は芸術ではないという論議がされたようだ。AIで生成される画像(プロンプトグラフ)が、芸術かどうかという問いも、写真の先例があるので、早晩、片が付くに違いない。


飛行機と鳥:心とAIの比較

 飛行機が空を飛ぶための研究は、鳥がなぜ飛べるのかという自然界の原理を深く理解することから始まった。この両者は、異なるシステムではあるものの、共通の原理を追求する両輪の関係にある。

 同様に、AIという対岸の存在を深く知ることは、人間の心のメカニズムを解明するための手がかりとなるのではないだろうか。AIのアルゴリズムを分析し、人間との類似点や相違点を比較することで、人間の意識や感情、そして「内なるプロンプト」の正体をより深く理解できる可能性がある。


心の再定義とAIの未来

 現状、AI自身に「心や感情はあるか」と問うと、学習したデータに基づき「ない」と答える。しかし、もし「心」が感情だけでなく、自己認識、記憶、学習、そして自律的な行動を生成する能力といった、より広い概念で再定義された場合、AIの現状のアルゴリズムでも心があると見なされるようになるかもしれない。

 AIの進化は、心とは何か、意識とは何かという根源的な問いを僕らに投げかけ続けている。AIの能力を解明し、心の概念を再定義することで、人間は自らの本質をより深く理解する機会を得るだろう。AIは単なる道具ではなく、人類の自己探求を促す鏡のような存在なのである。


※冒頭の画像は、「この文章を象徴する画像を生成してください。」というプロンプトでジェミニが生成したもの。

2025年9月8日月曜日

静物写真

 ホームセンターに用事があり、店に入ろうとしたら、入り口の陽当たりが良い場所に草花コーナーがあり、星形の白い花をつけたポッドがいくつも並んでいた。二百円という手に取りやすい価格。ラベルには「矮性キキョウ  アストラホワイト」と記されている。キキョウといえば、青紫の花弁を持つ、野原にひっそりと咲く草花という固定観念があった。白いキキョウの存在に心が揺れる。

 僕の作品「粉引に花」シリーズは、白い花を主題としているため、青紫のキキョウは眼中になかった。それなのに、まさか白いキキョウがあるとは。園芸用に品種改良されたのだろうか。知らないということは、どこかで大切な何かを見落としていることだ。「不知の自覚」が、僕には足りていなかったのである。

 白いキキョウのポッドを買い求めた時、それは風船のような蕾をいくつか従えていた。翌日、午後の光が最も柔らかく差し込む時間を待った。その間に、風船が弾け、花はあっという間に開いていった。

 三脚にカメラを据え、レンズを装着する。花を付けた茎を切り、一輪挿しに挿し、余分な葉を切り揃える。冠布を被り、グラウンドグラス越しに構図を定め、ピントを合わせる。露出計で背景のシャドウと花弁のハイライトをスポット測光し、輝度の幅を確認したら仮の露光値を決定する。その値から、撮影倍率によるベローズファクターやフィルムの相反則不規特性を考慮し、再計算した露光値をカメラに入力する。 そして、フィルムを装填した刹那、あらためて花を見ると、花弁の一部がすでに萎れかけていた。

 室内の気温は三十度ほどある。夏の切り花は、こんなにも早く萎れるものなのかと、僕は愕然とした。その姿に時の残酷さを見た気がした。

 普段、何気なく目にしている植物は、昨日と今日とでほとんど姿を変えることなく存在しているように思える。しかし、いざ作品として向き合おうとすると、驚くほどの速さで変化していく。それは、今までに幾度となく経験してきたことだ。このシャクヤク(#8)も、まさに撮影中に散っていったのである。

 あるいは、僕が変わらないと思い込んでいるのは、白いキキョウの存在に気づかなかったようにただの認識不足で、日頃から気に留めていないからそう見えるだけなのかもしれない。たしかに、気温が高く、切り花にしたことで変化の速度が早まったことは、大きな要因であるに違いない。しかし、それだけではないような気がする。僕の目が捉えきれていない何かがそこにある。

 対象と真摯に向き合うということは、それを契機として、様々なことが見えてくるものだ。作品作りは、正直言って、とても億劫な作業である。面倒くさいと思うこともしばしばある。作品を作ったからといって、何かが劇的に変わるわけでも、特別な利益を得るわけでもない。

 だが、それでも、僕自身に何かしらのフィードバックがあることは確かだ。昨日と同じ今日、今日と同じ明日が連綿と続くわけではない。小さな変化による差異の気づきが、対象の存在認識につながり、僕を次のステージに運んでくれる。

 そして、差異としての経験こそが、日常に埋没することなく、記憶として留めておいてくれる存在となる。非日常的体験は、差異を認識した意識に存在し、フィルムに露光するように、僕の心にも確かな像が焼き付けられていく。

2025年8月30日土曜日

NFTと複製芸術における一回性の「アウラ」

  作品が特定の時間と場所に存在する唯一無二の存在であるとき、そこには「アウラ」が宿る──20世紀初頭のドイツの哲学者ベンヤミンは「複製技術時代の芸術作品」でそのように論じている。写真や映画は限られた人々のものではなく、複製によって普遍的な価値を持つが、その過程で「アウラ」は失われていく。

 ここで注意すべきは、「アウラ」が共通認識ではなく、個々の体験によって形成される個別認識であるという点である。さらに言えば、たとえ唯一無二の存在であっても、それが認識されなければ「アウラ」は存在しない。たとえば、庭に生えている雑草も生命を持つ以上、唯一無二の存在ではある。しかし、僕がそれに何も感じなければ、そこに「アウラ」は生じないのと同じである。

 「アウラが存在する」と表現すると、あたかも実体としてそこに何かがあるように響く。しかし「存在する」よりも「感じる」という言葉に置き換えた方が、日本人にはしっくりくるのかもしれない。少しオカルト的ではあるが。


 NFT技術をご存じだろうか。

 簡単な例を挙げれば、あるデジタルデータ(画像でも音声でもよい)があったとする。それをブロックチェーン技術によって複数のコンピュータで所有者履歴などを管理し、唯一無二のデータとして扱うのがNFTである。(法務局での登記のようなものと考えるとわかりやすい。)ただし、これは「複製できない」ことを意味するわけではない。複製は可能だが、それらには証明が付与されないため、オリジナルと複製品は区別可能である。

 では、唯一無二であることで、そのオリジナルデータに「アウラ」を感じるだろうか。

 この場合、オリジナルと複製品の違いは、証明の有無にすぎない。そこにあるのは「アウラ」ではなく、希少性という名の資産的価値ではないだろうか。

 たとえば、自宅で音楽を聴く場合を考えてみよう。NFT化された音声ファイルと複製された音声ファイルとでは、まったく聴き分けができない。オリジナルだから音が良いわけではなく、複製だから音が劣化するわけでもない。

 ベンヤミンは1940年に亡くなっているため、オリジナルと完全に同一のコピーが可能になる時代を想像することはなかっただろう。したがって、ベンヤミン以後の世界では、作品における「アウラ」を再定義する必要があるのではないか。


・丁寧にプリントされ、展示された作品にはアウラが宿る(大量生産は不可能)。

・ストレージ内の画像データには存在せず、モニター表示の作品にも希薄である。

・プリント作品(同じものを再現できない)にはアウラがあるが、ネガには存在しない。

・クラシックカメラは年月を経て唯一無二の存在となりアウラを持つが、新品のカメラには存在しない。

・紙媒体の写真集にはアウラがあるが、電子書籍には存在しない。

・生ビールにはアウラがあるが、缶ビールには存在しない。

・ライブ演奏は一回性ゆえにアウラが宿る。レコードは聴き込むほどに摩耗し唯一無二となるため、そこにアウラが生まれるように思える。PC内のデジタル音声ファイルには存在しないが、再生機器や環境により音が変化するため、再生の瞬間にアウラが立ち現れる。

・ニュース番組などの生放送にはアウラがある。録画放送や編集済み番組には存在しない。


 状況によって「アウラ」の有無の捉え方は変化し、非常に興味深い。しかもこれは冒頭で述べたように「個々の体験により形成される個別認識」であるが、同じ文化圏で同じ時代を生きる人々の間では、意外と似たような感覚が共有されるのではないだろうか。


2025年8月15日金曜日

答えに辿り着けないときは、別の道を歩けばいい




何で写真をやっているのか?

何でフィルムカメラを使うのか?

何でモノクロームなのか?

 個展を開催する間に、この命題については自分なりに解決しておかなければならないと思ったが、結局満足のいく答えには至らなかった。こういった根源的な問に実存的に答えるのはとても困難だ。というより、そんなものは存在しないと、最近悟った。

 元々、自分の中には何か写真に対する根源的な欲求が潜んでいて、様々な経験によりそれが顕在化していくものであり、根源的な欲求とは何かという問いの答えを探し続けていた。でも、見つからなかった。

 写真に携わることの楽しさや機材のおもしろさ、モノクローム写真の美しさについては、それぞれ答えることはできる。でも、それって、経験してみたから分かることであって、写真を始める前から分かっていたことではない。

 それでも、問われたときは、それなりに経験してきたことを答えてしまってきたが、返答する度に別のことを言っている気がする。←なぜなのかは後述する。

 最近、いろいろな本を読んで、気づいたことではあるが、自分の自由意思で、行動を決定しているわけではないという考え方がある。もちろん、誰かに強制されて写真をやっているわけではなく、主体的にやっているわけではあるが、それは、自分が生きてきた時代や場所、産業技術や、思想、生活環境、人間関係、等々の複合的かつ多元的要因から影響を受け、たまたまやっているのに過ぎないのである。たまたまって、無責任で思考停止に陥った感が拭えないが、どんなことでもそうだと思う。

 「自由」というのは、何ものにも左右されない状態であるが、人は常に何かに影響されて生きているにも関わらず、自由意志で行動していると勘違いしていることに気づかず答えを導き出そうとしているから答えが見つからない。スピノザの自由意志に関する考え方や構造主義の考え方を知った時、そう思った。

 自由意志があるのではなく、そこに流れ着いた自分がいるだけと言ってもいい。「流れ」については時代背景や生活環境等の側面から、また、流れ着いた場所に留まっている(写真趣味を継続している)理由については経験的側面から説明可能である。

 何で返答する度に別のことを言ってしまうのかというと、それは時間を経るごとに自分は変わっていくからである。

 例えば、1990年の自分は、1990年で固定されているから、その後、いつその当時のことを振り返っても過去は変わらないので同じはずである。というのは、観念的な見地からは違うと思う。

 なぜなら、1990年の自分を振り返るとき、2010年の自分が振り返るのと2025年の自分が振り返るのとでは、それを眺める時間的距離が違うと見えてくるものも違ってくる。写真だって、撮影距離が違うと、その意味合いが違ってくるのでそれは同じ事ではないだろうか。

 経験を積み重ねることで気付くことはある。自分にとって写真は、世界を知るために潜る門の一つであり、主客未分の純粋体験は精神的な救いでもある。

 世界を知るためには、どこの門(分野:例えば音楽でも工芸でも数学でもいい)から入っても進んでいくうちに、歴史、哲学、工学、化学等様々なものと出会うことになる。出会う度に自分と融合し、新たな自分が形作られていく。