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2026年3月17日火曜日

銀の黒、墨の黒

 


 ゼラチンシルバープリントの仕上げの工程に、スポッティングという作業がある。現像や定着を終え、乾燥したプリントを確認し、微細な白点を見つけて筆で埋めていく作業である。


 フィルムや印画紙に付着した塵や傷、現像の過程で生じた事故的な欠落によって、小さな白い点が残ることがある。それをそのままにしておくと、鑑賞者の視線が目障りなノイズとして、そこに引き寄せられてしまう。

 そこで、細い筆の先にわずかな塗料を含ませ、その白点にそっと触れて消す。使用する塗料には、人によって好みがある。市販されているスポッティング用の塗料もあるが、僕は習字用の墨を使っている。

 墨の黒は炭素の黒で、銀と同じく単体の物質であり、化学的な安定性が高い。長く同じ姿を留めてくれるものにはロマンを感じる。

 スポッティング作業は、いつも硯の陸に水を落とし、墨を磨ることからはじまる。墨は細かな粒子であり、その密度で、濃淡を調整する。


 暗室作業の最後に行うこの小さな修正のなかで、いつも二つの黒の違いを意識する。ひとつは、写真の黒である。ゼラチンシルバープリントの黒は、光によって生まれた銀の像である。撮影された光がフィルムに潜像をつくり、それが現像によって還元され金属銀となり、印画紙の上に定着する。黒は光の結果としてそこに現れる。

 もうひとつは、スポッティングの墨の黒である。墨は光によって生まれたものではない。筆を持つ手の判断によって置かれる黒である。画面の中の一点を見極め、必要最小限の濃度で、できるだけ痕跡を残さないように、塗るのではなく、置く。

 同じ黒ではあるが、両者の成り立ちはまったく異なる。銀の黒は、光と化学反応が作り出した像であり、いわば自然現象の延長にある。一方、墨の黒は、人の手による介入である。

 写真はしばしば、機械的に生成される像だと考えられる。シャッターが開き、光がフィルムに当たり、化学反応が像を作る。そこには人の手の痕跡は少ないように見える。しかし、プリントの最終段階で筆を持つとき、写真は完全に自動的な像ではなくなる。

 白点を見つけ、筆先を置く。その小さな黒は、銀の像の中に紛れ込む。鑑賞者がそれに気づくことはほとんどないだろう。むしろ気づかれないことこそが、この作業の目的である。

 それでも、その一点には意味がある。そこには、光によって生まれた像に対して、人間が最後に触れた痕跡が残っている。銀の黒の中に、わずかに墨の黒が入り込む。

 作業台で筆を置くとき、いつも、その境界に触れているような気がする。光が作ったイメージの黒と、人が置いた物質の黒。その二つが見分けのつかないかたちで同じ印画紙の中に共存する。そのとき写真は、単なる光の記録ではなく、光と人間の行為が重なり合ったものとして、完成する。

2026年2月21日土曜日

硫肝を作る

 

 僕にとって硫肝は、単なる薬品ではない。


 前回のエントリーで、プリントの銀画像保護と表現のための調色において、硫肝が僕にはどうしても必要だと書いた。

 もう10年以上前になるが、写真用品店で硫肝が売られていたので、500g入りを購入し、それを材料に調色液を作って愛用していた。

 あるとき調色液をうっかりこぼしてしまい、新たに作ろうと思って薬壜の硫肝を確認すると、すっかり酸化して用を成さない状態になっていた。

 以前購入した写真用品店ではすでに取り扱いがなく、薬品メーカーや商社に直接問い合わせても、生産終了であるとか、個人とは取引しないとか、試験研究用にしか販売しないとか言われ、ほとほと困り果てていた。

 そこで海外の写真用品ECサイトから、硫肝を基に調合された調色液を取り寄せて使ってみた。(その時の話はこちら)

 使えないことはないが、調色特性にはどうしても不満が残る。それでも「もうこれしかないんだ」と、無理やり自分を納得させて使い続けていた。

 そんな日々を過ごすうち、写真仲間から「炭酸カリウムと硫黄で硫肝を作れるらしい」という情報を得た。その友人自身は実際に作ったことはないという。となると、ここから先は自分で試すしかない。

 しかし、もしこれがうまくいけば、安価に、しかもいつでも作りたての新鮮な硫肝を手に入れることができる。やってみるだけの価値は十分にあると思った。

 硫黄と炭酸カリウムを熱して反応させることで、ようやく水溶性でアルカリ性を示す『硫肝(多硫化カリウム)』が生まれるのだ。

「硫黄を水に溶かし、そこに印画紙を浸ければ調色できるのではないか?」

 化学的知識がほとんどない自分は、最初そんなことを考えた。しかし、そもそも硫黄は水には溶けない。さらに、印画紙のゼラチン層を通過して金属銀を硫化させるには、ある程度のアルカリ性が必要になる。

 こうして生まれる硫肝は、水に溶け、アルカリ性を示す。だからこそ銀画像に作用できるのだ。

 ちなみに、温泉に硫黄が溶け込んでいるのも同様の作用による。地球内部で硫黄がナトリウムやカリウム、カルシウムなどと結合し、水溶性の物質となって温泉の成分となる。そして、これらが湖に流れ込むと、硫黄の黄色と太陽光の青が混ざり合い、エメラルドグリーンの湖が生まれる。


白水湖(岐阜県大野郡白川村)

 

 写真をやっていると、いろいろなことが分かってきて面白いな、と思う。暗室の中の化学反応が、外の世界の大きな自然現象とつながっている。

 さっそくアマゾンで炭酸カリウムと硫黄を購入した。加熱用の容器とマドラーはステンレス製を用い、硫化水素の発生に備えて、屋外で作業することにした。


 ちょうど持ち手が壊れて、捨てる予定の鍋があったので、それを使うことにした。まるで硫肝を作るために、このタイミングで壊れてくれたかのようで、その鍋を褒めてやりたいくらいだった。


必ず正しい知識の下で、かつ自己責任で、自他ともに安全に気を付けて調合してください!

硫肝(多硫化カリウム)の作り方

・硫黄     10g

・炭酸カリウム 20g

※ 炭酸カリウムを50ccの湯に溶かし硫黄を加えたものを加熱する。ペースト状に近い液体の状態で沸騰した状態をキープし、水分が蒸発したら水を補充し、コーラのような色になり、硫黄が完全に溶けるまで加熱すると、15gほどの硫肝が生成できる。



硫肝調色液の作り方

・自作硫肝(上記で生成したもの)   約15g

・炭酸ソーダ                5g

・水      (総量2リットル)


 さっそく手元のプリントでテストしてみた。結果は、十分に満足のいくものだった。

 調色というプロセスは、単にゼラチン層を透過して銀画像を安定させるだけではない。時としてそれは、見る者の心の壁をも通過し、奥底まで届く力を持つ。




<調色処理> 




<調色前>



 今回はRC印画紙でのテストだったが、バライタ印画紙や事前漂白を組み合わせれば、表現の幅はさらに広がるだろう。その未知の色調を探っていくのが今から楽しみだ。


――結果を報告すると、友人は「これで自由になれた気がするよ」と言ってくれた。

自らの手で知識を編み、技術を習得することで得られる「自由」は、確かに存在するのだ。

2026年2月17日火曜日

銀とその保護、表現について

 写真用フィルムや印画紙には銀が使われている。他の金属は、コスト、光感度特性、毒性、保存性といった点で適さず、選ばれることはなかった。

 白黒写真の場合、フィルムや印画紙に含まれる銀は、現像・定着処理を経て金属銀として像を形成する。感光しなかったハロゲン化銀は定着液に溶解し、取り除かれる。これがゼラチン・シルバープリントである。

 カラー写真の場合も、フィルムや印画紙には銀が含まれているが、処理工程の途中で色素に置き換えられ、銀は取り除かれてリサイクルされる。これは発色現像方式による印画である。

 銀は貴金属であり、化学的には比較的安定しているが、決して万全ではない。

 銀の指輪やネックレスを着けたまま温泉に入ると真っ黒になる。銀の皿やスプーンは、使わなくても経年で黒ずんでくる。シルバーアクセサリーには、意図的に黒ずませる「いぶし加工」という技法もある。古い写真がセピア色に変色するのも、同じ現象だ。

 これらはすべて、空気中に微量に含まれる硫化水素が、金属銀を硫化銀へと変えることで起こる。

 銀分子の密度によって、黒く見えたり、茶色く見えたりする。銀は鉄のように酸化してボロボロになることはないが、最終的には硫化銀という安定形態へと移行する。自然界に存在する銀の多くは、硫化銀として産出する。

 ここで、写真の話に戻る。

 金属銀が露出したままのゼラチン・シルバープリントは、いずれ硫化していく運命にある。長期間プリントを保存しようとするなら、金属銀を何らかの形で保護する必要がある。

 海外では、セレニウム調色液によって金属銀をセレン化する処理が一般的だと思われるが、重金属であるためか、日本国内では入手しづらい。

 セレニウムトナーに代わる次善の策としては、フジのAGガードが挙げられるだろう。これは印画紙表面に保護膜を形成する処理で、銀を化学的に安定化させる方法とは異なるが、色調が変化しないため、僕も使うことがある。

そして、硫化調色である。

 放置しておけば、印画紙上の金属銀はまだらに硫化していく。それならば、最初から一様に硫化させ、安定形態にしてしまえばよい。加えて、モノクロームの表現は白と黒だけではない。茶色を帯びたモノクロームを用いたい場面もある。

 硫化調色の薬品には、硫化ソーダ、硫化カリウム、硫化カルシウムなどがあるが、硫肝(多硫化カリウム)による調色は、僕にとって最も好みの色調を得ることのできる方法だ。

 しかし、写真のデジタル化によって銀塩写真のユーザーは減少し、供給される写真薬品の種類も限られてきた。現在では、市販の硫肝を入手することは、かなり困難になっている。

 硫肝にまつわる話は、また別の機会で。

2026年2月14日土曜日

ケントメアパン200と歩む、新しい日常

 

 

 2025年5月、モノクロフィルムの新作「ケントメアパン200」が発売された。デジタル全盛のこのご時世に、新型フィルムが登場した。世界のフィルム事情はどうなっているんだろうと、驚きと期待が入り混じる。


 これまで常用してきたフォマパン200は、価格と品質のバランスが良く気に入っていた。しかし、ブローニー判に関してはベースが薄すぎて、扱いにくさを感じていたのも事実だ。ケントメアパン200のデータシートを確認すると、フォマパンよりも厚みがある。これは期待できそうだ。


 ブローニーの価格は両者でほぼ変わらない。あとは、画質が自分の好みに合うかどうか。夏の終わりにテスト用の135サイズ1本と、ブローニー5本を注文したが、独自の現像データを作るのに手間取り、ようやく実用段階に漕ぎ着けた。


 僕が愛用している現像液は自家調合のため、メーカーのデータシートに現像時間の記載はない。フィルムを換えるたび、暗室のタイマーを前に「果たしてこれでいいのか」と疑心暗鬼になりながら試行錯誤を繰り返す。


 仮にデータシートに目安が載っていたとしても、それをどう運用するかは撮り手次第だ。僕は、ネガ現像にかなりのこだわりを持っている。階調、粒状性、そしてシャープネス。この処理工程にこそ、作者の性格が露わになると思っているからだ。


<作例>

 


 Canon EOS Kiss III / EF50mm f1.8 STM /  KENTMERE PAN200 (EI100) /

  Stoeckler Two-bath Film Developer /  SILVERCHROME FLEXGRADE RC Matt


 仕上がりは、まったく不満のないレベルだった。心配していた粒状性も十分に満足できる。データシートには「コントラストが高め」との記述があったが、減感(EI100)して現像することで、ほどよく抑制された印象だ。


 僕の愛用する現像液は、感度を稼げるタイプではないため、公称感度から下げて露光することになる。この現像液には粒子の溶解作用があり、微粒子化されることで階調の繋がりが良くなる特性がある。


  一方で、全体が甘い描写に寄ってしまう傾向があるため、コントラストの境界(輪郭)でシャープネスを出すように処理を工夫している。決して「個々の粒子を立たせて全体をカリカリに見せる」ようなシャープネスではなく、あくまで滑らかなトーンの中に芯のある表現を目指しているのだが、ケントメア200は見事にそれに応えてくれた。


 これから、僕のブローニー判のメインフィルムはケントメアパン200になりそうだ。


2025年12月23日火曜日

印画紙現像液の自家調合

 長らく、印画紙現像液には富士フイルムの粉末タイプ**「パピトール」**を愛用していた。使用液8リットル分で400円程度、1リットルあたりのコストは約50円と、非常に経済的であった。

 現像液は、印画紙の枚数にかかわらず、作業が終わったその日のうちに廃棄するようにしている。暗室を始めたばかりの頃は、定着液のように説明書の使用枚数に達するまで使ったこともあったが、翌日に持ち越すと液がひどく黄変し、プリントのコントラストが全く出なくなってしまった。これは、現像液の酸化が著しい証拠である。

 数年前にパピトールが生産終了となり、富士フイルムのコレクトールEや他社製品も検討したが、いずれも割高に感じた。そこで辿り着いたのが、現像液の自家調合である。パピトールはメトールとハイドロキノンを主薬とするMQタイプの現像液であったため、組成が近い処方を探した。コダックのD-72処方なども候補であったが、誰もが知るありふれた処方よりも、少し変わったものを使う方が楽しいと考えたのだ。

 印画紙現像液の処方最終的に採用したのは、**「Agfa 100」**として知られる処方である。


<印画紙現像液 Agfa 100 処方>

水 (50℃) 1500 ml

メトール 6.0 g

無水亜硫酸ナトリウム 78 g

ハイドロキノン 18.0 g

炭酸ナトリウム 150 g (1水塩の場合は175g)

臭化カリウム 6.0 g

水を加えて総量 3000 ml(使用時は1(原液):1(水)に希釈)

※保存は500CCのペットボトル6本


 臭化カリウムの増量で温黒調が増すが、効果はそれほど高くないので、僕は、標準量のまま使用している。

 僕が元々ネガフィルム用現像液を自家調合していたため、単薬はある程度常備してある。特に使用量が多い無水亜硫酸ナトリウムや炭酸ナトリウムは、写真用ではなく工業用や洗濯用の安価な製品を使用している。写真用の同薬品はなぜか割高なのだ。

 この「Agfa 100」処方を自家調合することで、現在でも使用液1リットルを約60円程度に抑えている。僕が液体濃縮タイプではなく、粉末溶解タイプにこだわるのは、コストだけでなく長期保存性の問題もある。粉末の状態であれば劣化の心配がほとんどないからである。

 フィルムや印画紙、そして薬品をいかに安定的に安価に入手し続けるかが、サステナブルな写真ライフを実現する鍵となる。カメラやレンズの性能よりも、むしろこちらの方が重要だと考えている。ちなみに、定着液については今のところ自家調合しても市販品より安くはならないため、中外写真薬品の製品を愛用している。定着液の話は、また別の機会にすることとしよう。


2025年12月21日日曜日

世界は手で触れた時に成立する

 ゼラチンシルバープリントの印画紙には、RCとバライタがある。

 どちらも光を受けて像を浮かび上がらせるが、その質感はまるで別物だ。額に入れてしまえば、ぱっと見には違いが分からないかもしれない。しかし、手に取った瞬間に伝わるものがある。RCは軽々しい感触。対してバライタには、しっとりとした深みと、紙そのものが呼吸しているような重さがある。


 もしこの世にバライタ紙というものが存在しなければ、RCでも十分に満足できただろう。だが、一度その“深さ”を知ってしまった者にとっては、RCの風合いでは物足りなくなる。

 作品を長く残したいと思うとき、自然と手が伸びるのはやはりバライタなのだ。


 けれど、バライタは手間がかかる。

 水洗、アーカイバル処理、乾燥、そして最後にフラットニング。どれも時間を要する作業だ。

 化学的な工程は理屈で理解できる。だが、乾燥と仕上げは理屈では割り切れない。湿度、気温、紙の繊維の状態──それらが微妙に絡み合い、時にこちらの意志を裏切る。まるで、紙が自分の呼吸の仕方を選んでいるように感じることもある。


 暗室用品の中に「ドライマウントプレス機」という道具がある。

 印画紙をマットボードに接着するための器具で、フラットニングにも使える。簡単に言えば、大型のアイロンのようなものだ。

 だがこの機械は高価で、重く、場所も取る。あの単純な構造にしては驚くほど値が張る。写真のために使う器具の中でも、妙に購入意欲を削がれる道具のひとつだ。


 かつて、ズボンプレッサーで代用できると聞き、試してみたことがある。自宅にあったので使ってみたが結果は散々だった。

 それ以前に、ズボンプレッサーにプリントを挟むという行為自体に、どうしても気持ちが乗らなかった。そのため、努力や工夫をする前に諦めてしまった。

 その後の二十年ほど、乾燥したバライタ印画紙をミュージアムボードに挟み、重しをのせて平らにする方法を続けてきた。

 時間はかかるが、これで実用上は問題ない。ファイルに保管でき、額装して展示しても誰にも指摘されたことはない。

 実際、美術館で見る古い名作の中にも、よく見ると波打ったプリントが少なくない。そう思えば、自分の仕上げも決して悪くないと慰められる。


 それでも、胸の奥で引っかかり続けるものがある。

 「満足できる」と「納得できる」は、似ているようで違う。

 表面が平らでも、僕の心のどこかが波打っている。印画紙の状態が心のメタファーなのか、心の状態が印画紙のメタファーなのか、そんな感覚を抱えたまま、いつの間にか二十年が過ぎていた。


 長く解決できない問題というのは、もはや努力不足ではなく、物理的な壁のようなものだと思う。

 それを超えるには、技術でも根性でもなく、ただ“正しい道具”が必要だ。

 しかし、あのドライマウントプレス機を思い浮かべるたび、やはり財布の紐は緩まない。


 そんなある日、アマゾンの画面の中で「熱転写プレス機」というものを見つけた。

 本来はTシャツなどに絵柄を転写するための機械らしい。温度も圧力も調整でき、形もドライマウントプレス機に似ている。

 レビューを眺めながら、「これでいいのではないか」と思った。

 ズボンプレッサーと違って、これは見た目からして“やる気の出る形”をしている。気分は作業の半分を決める。これは写真に限ったことではない。


 アンセル・アダムスの『THE PRINT』には「100度で3分プレス」とある。

 その記述を思い出しながら、マットボードにバライタ紙を挟み、慎重に温度を設定してスイッチを入れた。

 プレス機が静かに熱を送り込む間、わずかに立ち上る紙の匂いが暗室の空気に混ざった。

 3分後、蓋を開けると、そこにあったのは見事に伸びた一枚のプリントだった。

 光沢が均一に広がり、波打ちはどこにもない。ほんの少し、紙が誇らしげに見えた。


 紙の状態によっては、もう一度プレスを繰り返すこともある。

 あまり温度を上げるとゼラチン層が溶けてしまうので、慎重な調整が必要だ。

 その“慎重さ”こそが、作業を作業以上のものにする。

 温度計の数字を見つめながら、紙の呼吸を感じ取るように手を動かす。


 プレスを終え、冷えたプリントを光にあてる。

  ――これで、人生の問題のひとつが片づいたような気がした。


 ただ一枚の紙を平らにすること。

 それは、技術の問題であると同時に、心の平穏を取り戻す儀式でもある。

 バライタの光沢を指先で確かめながら、僕はようやく、長い時間をかけて一枚の紙と和解できたように思う。


 考えて納得したのではない。

 説明できたから解決したのでもない。

 指先で触れたから、終わった。



 

2025年12月19日金曜日

不可逆な夜

 


 秋の終わりから撮りためたフィルムを現像した。

 気温が低くなってきたので、液温調整に気を使わなくてはならない。けれども、暑い時期に液温を下げて調整するよりも、寒い時期に液温を上げて調整する方がやりやすい。冬の暗室には冬の暗室なりの、ささやかな恩恵がある。

​ 寒い時期は、フィルムベースの柔軟性が低くなり、損傷が発生することが、ごく稀にある。冷え切ったフィルムは、硬く、脆くなる。高価格帯のフィルムではそういうことは起こりにくいと思うが、愛用しているフォマのフィルムには、そのベース素材にいくらかの不満を感じることもある。120サイズに至っては、ベースが薄すぎるため、リールに通す手先にはかなりの緊張が走る。

 そうは言っても、低価格で入手できるフォマのフィルムはありがたい。なかでも「フォマ200」の特性は、僕の好みによく合致している。

​ 昨夜、秋から撮影してきたフィルム八本を一気に現像した。

 リールへの巻き取りがうまくいかなかったようで、フィルム同士が密着し、未現像の部分が残ってしまった。年に一度あるかないかのエラーだが、それは許容範囲だと思っている。完璧を求めることは、余暇の活動には似合わない。

​ 水滴防止剤に浸したフィルムを、乾燥のためにクリップで吊るす。

 滴る水滴越しにネガを透かして見ていると、ほんの数ヶ月前のことなのに、忘れかけていた記憶が鮮明に蘇ってくる。シャッターを切った瞬間の光。その日の空気の温度。風の匂い。

​ プリントしてみたいと思えるネガが、この八本の中にはいくつかあった。しかし、その多くが、実際に印画紙へ焼き付けてみれば落胆に変わることを、僕は経験から知っている。何かが理由となり、満足のいかない結果になる。場合によっては、今日の八本すべてが全滅であっても不思議ではない。

​ それでも、僕はこれを続けていく。

​ 濡れたネガが、暗がりのなかで静かに揺れている。

 その一コマ一コマには、確かに僕が立ち会った時間が刻まれている。たとえうまく撮れていなかったとしても、そこには消すことのできない「何か」がある。

​ フィルムという物質に定着された、もう二度と戻らない瞬間がある。



2025年12月5日金曜日

「tokyo-photo.net」の残照

 

 かつて、銀塩写真を支えた技術情報サイトがあった。tokyo-photo.net。それは、銀塩ウェットプロセスによる写真制作にまつわるありとあらゆる知識が集う、さながら聖地のような場所であった。今思い返せば、あれは間違いなく一つの大きなムーブメントであった。

 その中で、定期的に開催されていた特別な企画がある。名を「グループプリントエクスチェンジ」という。極めてシンプルに言えば、暗室に籠る同好の士たちが、互いの作品を交換し合うという催しである。

 暗室作業に悦びを見出す人々は、基本的に全国津々浦々に散らばっていると言っていい。東京や大阪のような大都市圏ならともかく、僕の住む岐阜県において、自宅暗室を楽しむ人間が一体何人いるだろうか。10人もいないのではないか、とさえ思う。

 かくも孤立しがちな銀塩ウェットプロセス界隈において、誰かの生のプリントを手に取り、その息遣いを感じる機会は皆無に等しい。美術館で展示されている銀塩プリントも、確かに美しい。しかし、それを生み出した作家本人と対話することは難しい。その点、このエクスチェンジの相手は、同じ技法で格闘する同志である。彼らの作品を仔細に観察することで、どんな暗室環境で、どのような工程を経て完成したのかを、手に取るように知ることができる。

 それは、単なる技術への好奇心を超え、自分の作品へと直接的に応用が効く、かけがえのない学びの機会であった。

 僕は tokyo-photo.net のプリントエクスチェンジに何回も参加し、幹事を何度も務めたこともある。しかし、初回から20年ほどの時が流れ、かつてのメンバーは写真から離れたり、デジタルやSNSの世界へ移ったりと、それぞれの場所へと散り散りになってしまった。

 そんな中で、今月、当時のメンバーの一人と再びプリントエクスチェンジを行う運びとなった。昨夜、僕はかつてのように、魂を込めてバライタ印画紙にプリントを焼き付けた。印画紙が水中で揺れる度に、遠い日の記憶が蘇るようだった。

 年末、あるいは年始。彼の暗室から生まれたプリントが、僕の手元に届くのを心から待ち望んでいる。 


2025年11月25日火曜日

暗室の冬支度とハーフカメラ

 

 僕の小さな暗室にはエアコンがない。そのため夏は、必然的に、暗室作業を休止せざるを得ない。しかし、冬は違う。四畳ほどの暗室をセラミックヒーターで暖め、現像液などの液温調整には、バットの下に置いた恒温機が活躍する。いずれも消費電力が高いため複数の恒温器を置くことは避けている。だから、ただ1つの恒温器を現像液、停止液、定着液へとリレーのバトンを渡すように順番を移動させながら温度調整をしている。
 中でも真っ先に、温めなくてはならないのは定着液で、20度を下回ると活性が落ち、画像の保存性に大きく影響してしまう。現像液のように像が浮かび上がってくるような目に見えるおもしろみこそない工程だが、目に見えない次元で進行する化学反応だからこそ細心の注意を払う必要があるのだ。
 
 そうして今年もまた、そんなふうに暗室作業をしなくてはならない季節になった。

 冬支度をして、始めた焼いた写真は、オリンパスのPenD3で撮影したネガだ。引伸ばし機のネガキャリアにハーフ用はないため、6×6のネガキャリを使い、2コマを一枚の印画紙に焼いてみた。これは物語の二連画のようであり、時間の流れや対比を生まれ、なかなか面白い。何より、作業効率が上がるのは嬉しい誤算だった。

 長年、趣味として写真を続けてきたが、画質的に劣るとの一点の理由で、ハーフカメラというフォーマットは避けてきた。しかし、昨年ペンタックス17というハーフカメラが新発売となったニュースが僕を揺さぶった。ペンタックスがフィルムカメラを開発していたことは知っていたが、まさかハーフカメラだとは思わなかった。

 ファインダー像が縦型であるハーフカメラは、スマートフォンに慣れた現代の視覚と親和性が高いからなのだろうか。あるいは、フィルム価格が高騰する中、倍の枚数が撮れる経済的な利点からだろうか。

 画質以外のところに、僕が見落としていた魅力があるに違いない。それは使ってみないと分からないと思い、昨年の夏にオリンパスPenD3を手に入れた。数あるハーフカメラの中からPenD3を選んだのは、Penシリーズでマニュアル露出設定を備えており、レンズの開放値が明るいカメラだったから。
 
 この一年で4本ほどフィルムを通した。なるほど、デフォルトで縦で撮影できるのはおもしろい。このカメラを使うときは、縦でしか撮らないことにマイルールを定めた。
 カメラ本体もとても小さい。このカメラを使ってから、135フルサイズを使うとその大きさに違和感を覚えてしまうほどだ。

 まだ大きく引伸ばしたことはないので、どのサイズまで大きく出来るか分からないけど、このカメラで撮影した写真は大きく引伸ばすためのものではないと思った。粒子感を活かした表現にするために大きく伸ばしてもいいが、まずは小さく引伸ばして、その凝縮されたサイズ感を楽しもう。

 この日の暗室作業は、何枚かのテストプリントが出来たのでひとまず終了。

 外は冷たい雨が降り始めている。印画紙を水洗している間、僕はコタツに潜り込み、温かいココアを飲みながら冷えた脚を温めた。

 印画紙水洗の水が流れる音と、雨が地面を打つ音。
 異なるリズムの二重奏が、冬の静かな夜をやさしく揺らしていた。

2025年10月13日月曜日

ベタ焼き


 135サイズのネガフィルムは、1カットあたりの面積が狭くかつネガ像なので、どんな状態で写っているかネガを透かして見ていてもよく分からない。

 そのため、印画紙の上にネガを並べて、ガラスで圧着し、上から光を当てて、ベタ焼きを作る。コンタクトプリントとも呼ばれてる。

 中判や大判は、その大きさ故にネガを見れば分かるので、ベタ焼きを作る必要はない。

 135サイズでも、どうしてもベタ焼きを作らないといけないわけではないが、自分の軌跡として、必ず作るようにしている。自宅に暗室を構えた時からなので、もう四半世紀はこの習慣を続けている。

 最初の頃は、


「何が写っているかのただの確認なので、ベタ焼きのクオリティなんてどうでもいい。」


と思い、そのままの気持ちで作業をしていたので、今から見ているとひどいできになっている。特に初期の頃は、指紋の跡が現像されていたり、極端に露光の過不足があったり、現像ムラまであったりする。今でも、所詮は確認用プリントという気持ちがどこかに残っていて、多少のことならやり直すこともあまりない。

 最近、あちこちのラボの価格表を見ていたら、ベタ焼きでも結構なお値段になっている。印画紙や薬剤、人件費が高くなったためであろう。

 僕は、自分でやっているのでそこまで贅沢なものを作っているという感覚はなかったが、もう少し緊張感を持って、ベタ焼きを作らないといけないと思った。

 ベタ焼きは、撮影時の露光とネガ現像強度が一定であれば、焼くときの露光時間は常に一定となる。そこが問題なく出来ていれば、あとは単純作業であり、そこに創造性はない。

 ただ、出来上がったベタ焼きを見ていると、その日の時間が目の前に蘇ってくるようだ。僕にとってベタ焼きは、単なる確認作業を超えた、もう二度と戻ってこない時間との対話なのかもしれない。

2025年9月23日火曜日

夏が終わり、暗室の季節が始まる

 


 窓から差し込む光が、少しだけ穏やかになった。今年の夏も、ようやく終わりを告げようとしている。僕の暗室にはエアコンがなく、夏の間の暗室作業は諦めている。

 現像液の温度を20度に保ったとしても、現像タンクから液を排出した瞬間に、フィルムが、高温の空気に触れて現像が進みすぎることは避けなくてはならない。毎年、梅雨の終わりに、僕は暗室の夏を越すための作業をする。

 引伸ばしレンズ、印画紙、定着液を暗室のある二階から一階へと運ぶ。密閉容器に収めたレンズも、印画紙も、そして高温で白濁してしまう定着液も、僕がここにいない間、連日の酷暑に耐えられるか、不安だ。

 今年の夏も、そろそろ終わりに近づき、道具たちは僕の帰りを待っていてくれた。暗室の扉を開け、埃を払う。夏の間に撮りためたフィルムが、現像リールに巻かれるのを待っている。僕だけの景色と静かに向き合う時間が、秋の訪れとともに始まる。

2025年8月23日土曜日

フィルム用現像液について

 白黒フィルムの現像は、とても簡単である。暗室もいらないし、一回目からほぼ失敗なく出来ると思う。独学でも十分だ。現像という行為そのものは、敷居が低いものだが、その奥にあるトーンの追求は無限である。

 白黒フィルムの現像は、コントラスト、粒状性、シャープネスが、ここでほぼ決まってしまうので、重要な工程である。引伸ばしの段階でそれを補うことは困難だ。作家独自のトーンがあるとしたら、この工程で形成されると言ってもいい。

 カラーネガフィルムはC41、リバーサルはE6処理で現像されるが、現像液も処理温度も決まっているため選択の余地はない(例外を除く)。そのため、どこで現像しても工程さえ逸脱しなければ同じ結果になる。

 白黒フィルムの現像液は用途によって様々な種類がある。一生かかっても、試すのは無理なくらいの数があると言っていい。でも、ざっくり分類するとこの4種類だと思っていい。


1 標準現像液

2 微粒子現像液

3 増感現像液

4 高先鋭現像液


 ただし、はっきりとこのように分類は出来ない。例えば国内で最も安価で入手しやすいフジのSPD(スーパープロドール)は、標準現像液と増感現像液の中間くらいだと思うし、ミクロファインは微粒子現像液ではあるが、希釈すれば高先鋭化も期待できる。

 そして、現像液によって感度が出にくいものがあるので、そうした現像液を使う場合は、撮影感度をISO感度よりも下げて撮影する必要がある。

 成分を見れば、どんな性格の現像液なのか、だいたい分かるようになってくる。どのフィルムにも、どの現像液にも「豊かな諧調で微粒子に仕上がるよ」と書いてあったりするが、それはそのまま受け取ってはいけない。あくまでも自分の好みで判断する必要があるのだ。

 以上が、基本的なことである。


 僕の場合は、感度は少々犠牲になってもいいから、柔らかい調子、豊かな諧調、微粒子、先鋭度はそこそこあれば良く、薬剤の調達が容易で安価なものを探した結果、シュテックラー氏二浴式現像液を使用している。少々、オカルト的な扱いをされる現像液ではあるが、20年以上この処方を愛用している。

 調合済みの市販品だと、D23が近いのかな。現像主薬のメトールと無水亜硫酸ソーダだけというシンプルな処方である。

 写真家(というか美術家)の杉本博司さんの著書の中に、アンセル・アダムズの教科書に掲載されている現像処方を全て試して、19世紀のメトール単体の処方に行き着いた。という下りがある。もしかしたら、杉本さんの処方もD23に近いものなのかもしれない。

 ちなみにD23は、標準現像液と微粒子現像液の中間くらいの位置づけである。

 白黒フィルムの現像なんて、すっかり枯れた技術だが、それでも比較的新しい時代の現像液はいろいろ出ているようだ。あまりにも多くの現像液を試していると、試しているだけで何年も過ぎてしまうし、試している程度の使い込み方ではその処方を極めたとは到底言えないので、気に入ったものが見つかったら、その現像液とずっと付き合った方がいい。それが自分独自のトーンになる。

 僕が愛用しているシュテックラー氏二浴式現像液は、亜硫酸ナトリウムがたっぷり入っているため、微粒子に仕上がるが、後半のアルカリ浴で、エッジ効果も期待できる。そのため、微粒子でありながら、シャープネスも得られる。そして、ハイライトの現像があまり進行しないため、白飛びを抑えることが出来る。

 その反面、メトール単用の現像液であることから、現像力は強くはなく、感度が出にくい。シャドー部の記録を確保するために、ISO感度の半分くらいで撮影する必要がある。

 白黒フィルムは、できることなら自分で現像するのが望ましい。安価に済むだけではなくいろんな発見があるから。店に出してもいいけど、どんな現像液でどんな処理されているか分からないでしょ?多くの場合、経済性優先の強力な現像液で高温短時間処理されているんじゃないのかな。それは、失敗ではないけど決して調子の良いものではない。

 自分でやれば目的に合わせた現像液を選択できるし、減感、増感も思いのままである。

2025年7月26日土曜日

印画紙の調色について

 

 僕がやっているのは白黒写真ではなく、モノクローム写真である。実際には白黒と言っても紙の材質や乳剤によってそれぞれの色調が存在する。印画紙の種類で、青みがかった冷黒調、赤みがかった温黒調、中間の純黒調が販売されており、各社それぞれの特徴がある。それとは違い印画紙の銘柄ではなく、調色液で色調を整えることもでき、表現上、とても重要な要素である。

 調色処理は、作品のアーカイバル処理(長期保存処理)も同時に兼ねている。アーカイバル処理だけが目的であれば、適切に定着と水洗処理が終わった印画紙にフジのAGガードを塗布すればいいのだが、AGガードだと「適切」を担保できない。そもそもAGガードってどういう仕組みで銀画像保護が出来るのかな。

 それに対して、調色液を使った場合、水洗処理が適正に出来ていない場合は印画紙内の残留物と反応し、がステインとなって現れるため、確認が可能である。ステインがなく調色されている印画紙は、アーカイバル処理が行われているということでもある。

 つい最近まで、コダックT-8処方の多硫化調色液に、セレニウム調色液を混ぜた調色液を自家調合して愛用していた。

<コダックT-8処方>
多硫化カリウム(硫肝) 15g
炭酸ソーダ1水塩 5g (炭酸ソーダの場合、4.3g)
セレニウムを添加すると、調色がされやすいので、セレニウムトナーも加える。

イルフォードセレニウムトナー(1:4)200CCで、総量2リットルとする。                            


 たまにAGガードを使うときもあるが、最終工程ではいつもこの調色液を使用していた。一度調合してしまえば、一生使えるような処理液なのだが、うっかりこぼしてしまった。
 再調合しようと思い、多硫化カリウムの試薬の保存瓶を見たら、完全に劣化(酸化?)していて使えない状態になっている。新鮮な状態の多硫化カリウムは、硫黄の匂いがするし、そもそも色がこんなに緑色ではなく黄色味がかっている。それでも、念のため調合し、試してみるがやはり印画紙にまったく変化がない。

 そこで、新しく多硫化カリウムの試薬を買おうとあちこち探してみるが、以前購入したメーカーに問い合わせたら、既に生産終了。なかなか個人で試薬を買うのも難しく、困っていたところ、多硫化カリウムを使った調合済のトナーが、ドイツのMoerschからMT-5という商品で取り扱いがあることを発見した。もうこれに頼るしかない。

 国内では入手できないセレニウムトナーも買っておこうと思い、同じくドイツのBelliniから販売されているSeltoneも取り寄せることにした。買ったのはドイツのMaco direct。こうしてみると、ドイツはまだまだゼラチンシルバープリントが盛んなのだろうか?

 他にもついでに印画紙を注文したので、届くまでに一か月くらいかかったが、無事に税関も通過して手元に届いた。荷物の受け取り時に消費税は別途支払った。

 というわけで、やっとここからが今回の本題である。こうして記録に残しておかないと細かいことはすぐに忘れてしまうので、そのためにもブログはいいのかも。
 多分、国内でこんな苦労しているのは僕くらいだと思うので、あまり参考にはならないのかもしれないけど、ネットに残しておけば、いつか誰かの参考になるのかもしれないし。

 早速、届いた二種類のトナーを調合し、最終的にはこの割合で落ちついた。

①<マーシュMT5 Moersch MT5>
250CC
②<ベリーニセレントナー Bellini SELTONE>
50CC
上記①+②+水1200CCで総量1500CC

ただ、これはかなり濃い状態だ。このまま水だけ増量して2000CCにしても多分、問題はない。

しかし、、、、

以前まで自家調合していたトナーとはやはり違う。水洗の終わった純黒調印画紙をダイレクトにトナーに入れても、まったく色調変化はない。ただのアーカイバル処理のみになっている。

そこで、再度説明書を見てみると。。。。。。


クールブラウンの画像トーンにはポリサルファイドトナーをご使用ください。
ウォームトーンのエマルジョンには直接トナーをご使用ください。
コールドトーンおよびニュートラルトーンの用紙は、鮮やかな発色が必要な場合、漂白後に間接的に調色することができます。
よりウォームブラウンのトーンにはシエナサルファートナーを、クールパープルのトーンにはカーボントナーをご使用ください。希釈率:1+10~1+50。このトナーは、換気の良い室内、または屋外でのみご使用ください。


 温黒調印画紙の場合は、水洗後にダイレクトな調色ができるみたいだけど、純黒調印画紙の場合は、漂白しないといけないみたい。

 ということで、漂白液でちょっとだけ漂白、定着、水洗の後に調色すると、みごとな濃茶となった。

 もしかすると、金属銀のままでは反応が鈍いのかもしれない。漂白することで、ハロゲン化銀に戻し、さらに調色することで硫化銀となり濃茶になるのではないだろうか。

 使い方はある程度分かった。秋以降、本格的に使ってみよう。この調色液はすごく大事なので、今度こそこぼさずにずっと大切に使おう。