尾形光琳 紅白梅図屏風
日本史や美術史を紐解くと必ず出てくる、尾形光琳の国宝「紅白梅図屏風」。
着目すべきは、中央の妖しくうねった黒い川である。今まで、この黒が何に由来するものなのか、深く考えたことはなかった。
何か自分の写真表現で参考になることはないかと、日本画の技法書を読んでいるうちに、ある記述に強い興味を覚えた。

この黒い川は、銀箔を硫化させて作り出した黒だという。そして、若干の紫色を帯びていることから、微量のセレニウムの存在が指摘されている。
これは、僕が暗室でバライタ印画紙を硫化調色、あるいはセレニウム調色しているのと同じプロセスではないか。まさかこんなところで、自分と光琳が接続するとは思ってもみなかった。
なぜ、化学的に安定した墨ではなく、あえて不安定な銀を光琳は使ったのだろうか。
墨にはない、硬質な金属光沢を求めたのか。
背景が金であるため、川の表現にも貴金属である銀を使いたかったのか。
あるいは、不安定な物質だからこそ、生き物のように変化し、完成していく「時間」を計算に入れたのだろうか。
暗室で印画紙を現像液に浸したとき、最初に浮かび上がる黒はまだ浅い。それが定着や調色(硫肝・セレン)のプロセスを経て、ようやく「これだ」という独自の重みを持った黒へと完成していく。
光琳が求めたのも、おそらくその「化学変化の先にある黒」だったのではないだろうか。
もし彼がただ「黒い線」を引きたいだけなら、迷わず墨を使ったはずだ。しかし彼が描きたかったのは、流れる水であり、うごめく自然のエネルギーであった。そのためには、光を吸い込む墨ではなく、光と遊び、時とともに変化し続ける「銀の黒」でなければならなかったのだろう。
川は、変化し続けるものだから。
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