うたろう寫眞
Monochrome Anthology - 暗室系写真サイト - のブログ
2026年7月20日月曜日
光と物質のマリアージュ
2026年7月18日土曜日
杉本博司自伝 影老日記

東京国立近代美術館で、杉本博司氏の「絶滅写真」展が開催されている。先日、その会場に足を運んだ。具体的な展示の有り様は後日改めてここに綴るつもりだが、彼がどのような軌跡を辿ってこの表現に行き着いたのかに興味が湧き、その自伝を紐解いてみた。
戦後まもなく、東京の裕福な家庭に生まれた氏は、復興の熱気と学生運動の嵐が吹き荒れる日本で学生時代を終え、混迷のなかで渡米する。1970年代初頭の留学は現代のそれとは比較にならないほど地続きではなかったはずだが、親類に米国人の夫を持つ女性がいたという背景が、彼を未知の地へと押し出すささやかな、しかし決定的な呼び水となったのだろう。
以降、人生の大半を米国で過ごすことになる。世界を漂泊しながらニューヨークに拠点を据え、ヒッピー・ムーブメントが全盛を迎えるなか、ポップアートの旗手や現代アーティストたちの熱気のただ中に身を置いた。 作家活動の傍らで古美術商を営み、自ら大工仕事をもこなし、そして若くして妻を看取る。こうした生々しい経験の集積とその喪失のすべてが、杉本氏の表現の底流を形作っている。
写真という表現領域において、彼はアンセル・アダムスを精神的なメンター(師)と定め、ゾーンシステムによる厳密なネガ作成に没頭していく。 何かを狂おしく実践する者にとって、やはりメンターの存在は不可欠なのだ。ジョセフ・キャンベルが『千の顔を持つ英雄』で描いたように、境界を越えて旅立つ英雄(表現者)の前には、必ずその行く手を指し示す「導き手」が現れる。それは神話の時代から続く普遍的な構造なのだろう。
そのメンターは、必ずしも言葉を交わせる実在の人物である必要はない。遥か歴史の彼方にいる異国の人であっても、あるいは身近な誰かであってもいい。要は、己の精神のなかに揺るぎない「指標」をいかに打ち立てるか、ということなのだと思う。
読み終えたあとも思考の覚めない、一冊であった。
2026年7月14日火曜日
展示とは、自分の到達点を問う場である
展示や公募展は、「完成された最高傑作」のみを見せる場所ではない。
そもそも、それが本当に最高傑作なのか、あるいは完成品なのかは、誰にも分からない。時間が経過して見返したとき、当時はまだ見えていなかったことに気づく場合があるからだ。
もしその気づきがなければ、表現者としての歩みはそこで終わってしまう。仮に絶対的な到達点というものがあるとして、そこに達してしまったら、次はどこへ行けばいいというのか。したがって、「完成」という状態は非常に曖昧なものだ。
作品は時間の中で変化する。それは作品そのものが変質するのではなく、作者の「認識」が変わるからである。
そう考えると、展示とは「私は今、ここまで来ました」という報告に近い。
登山に例えるなら、山頂に立った証明ではなく、現在地の無線連絡のようなものだ。
十年後に見返すと、「構図が甘かった」と思うかもしれない。あるいは、「もう、あんな気持ちで、撮ることは出来なくなった」と、もう既にいなくなった過去の自分の喪失を感じるのかもしれない。
それは、今の僕には分からない。なぜなら、十年後の僕はまだここにいないのだから。「これで完成なのか?」という問いに、あらかじめ用意された答えなどない。
展示において、どんなカメラやレンズを使ったか、どんな技術で作ったか、ということはさほど重要ではない。お金で買える機材や既成の知識は、その人固有のものではないからだ。
そんなものを誇示するよりも、「僕が世界をどう見ているか」がそこに写り込んでいることの方が、遥かに肝要である。
展示する意味とは、その問いを他人の前に差し出すことにある。
「僕は今、世界をこう見ています」
そう差し出されたものに対して、見る人は賛同するかもしれないし、何も感じないかもしれない。あるいは、まったく別の解釈をするかもしれない。
それでも展示は成立する。 逆に、「完成してから発表しよう」という思い込みは危険極まりない。なぜなら、本当に完成したと思える日など、生涯ほとんど来ないからである。
世界を眺めていると、問いはとめどもなく湧き上がる。
木を見れば時間を考え、
暗室の薬剤を見れば物質を考え、
月を見れば露光時間を考える。
探求とは、どこかにある完成形に到達することではなく、問いを深め続けるプロセスそのものなのだ。
展示作品が、単なる偶然の一枚ではなく、僕が長く考えてきた問いの「途中経過」として、自分らしさと意味を持ったものであれば、それでいい。
2026年7月7日火曜日
膨らむ電池
2026年6月30日火曜日
このカメラを持つ者は、写真の極限に挑む誇りと義務がある
リンホフのスーパーロレックス67・45を購入したら、ノベルティでステッカーが付属していた。
この紋章を見ると、神聖ローマ帝国を中心とした中世ドイツの古城が想起される。
「この機械は、単なる大量生産の工業品ではない。我が名門の血統と、職人の名誉を賭けた『作品』である」
そう毅然と言い放っているかのような佇まいだ。であるならば、彼らの代表作たるマスターテヒニカというカメラは、さしずめこうなるだろうか。
「リンホフ王から、うたろう卿へと下賜された、表現という領地を統治するための聖剣」
――つまり、この流れでいくと、僕は中世の騎士「うたろう卿」ということになってしまう(笑)。
しかし、そんな妄想に身を委ねたくなるほど、この道具が放つ威厳は凄まじい。
もしリンホフが、最初から「お洒落で綺麗な、飾って楽しむカメラ(それがどのカメラとは言わないけど)」を目指して作られていたら、あの不気味なほどの高密度感や、鉄と見まがうような野生味のある金属の重厚さは生まれなかったはずだ。
「ただひたすらに、過酷な現場で絶対に歪まない、世界一の道具を作りたかった」
その狂気とも言えるストイックな執念が、「人類の金属加工技術が到達した、至高の工芸品」として目に映っている。これこそが、リンホフというカメラが持つ一番のロマンであり、最大の魅力なのかもしれない。
あの赤と金の紋章(エンブレム)を戴いた重厚な金属の塊は、単に「お金を払ってお店で買ってきた工業製品」という枠には到底収まらない。手にした瞬間に、何か目に見えない「誇りと覚悟」を同時に受け継がされるような、厳粛な儀式性が宿っている。
金型から超高圧で叩き出された強靭なアルミ合金のボディは、中世の騎士が身にまとった寸分の狂いもない「甲冑」そのものであり、指先でミリ単位の光軸を操るアオリのギアは、自らの意思を冷徹に貫くための「仕掛け」である。
そして、扱うには相応の技量が必要となるカメラである。
王から直々にこの重厚な機械を下賜された、うたろう卿は、だからこそ、
生半可な気持ちでシャッターを切ることは許されず、
三脚を完璧に据え、冠布を被り、自然の光と1対1で対峙する「作法」を求められ、
曇天の光や冬枯れた自然の静けさをフィルムに定着させる義務を負う。
扱う技量がない場合は、早々に中古カメラ屋に返納しなくてはならない。
この、「道具が使い手を選ぶ」という過剰なまでの格調高さこそが、リンホフというカメラを持つ者に課される騎士道精神である。
果たして、僕は、その騎士の名に値する写真を撮れているのだろうか。
世間の流行や価格の乱高下に惑わされず、その「下賜された聖剣」の本当の価値と、金属の奥に眠る執念により、騎士道精神の元、征路は続くのである。
2026年6月25日木曜日
波打つ時間のなかで
毎年、夏に地元の美術展が開催される。数年前にその美術展はリニューアルし、審査員は地元出身の写真家ではなく、知名度のある写真家や評論家が担い、毎年入れ替わるようになった。そのため、どんな作品が評価されるかは、まったく予想がつかない。
展示会場が広いため作品サイズも大きくなるが、ゼラチンシルバープリントのシート印画紙の最大サイズは大全紙までしかないので、僕はそれを使うことになる。近年は、デジタル作品の印刷可能なサイズがとても大きくなったので、A0サイズでの応募もあり、大きさから受ける迫力において銀塩は不利である。
この美術展は、作品サイズの大きさもさることながら、現代美術的な作風が強いと、近年の展示を見て感じていた。 それならば、そちらの方面で今年は作品を作ってみようと思い、昨年の秋の終わりから準備して、冬の終わりに完成させた。毎日のようにその作品を眺め、気になる場所にスポッティングを施すなど、手を加えていた。
ところが、梅雨に入りかける少し前に、湿気のせいなのかは分からないが、木製パネルと写真の接着面が波打つようになってきた。最初は、気にならない程度であった。僕はそれを見ないふりをした。
こんなに苦労して作り上げたのに、また作り直さなければならないのか。初めて作る時は創作活動であるが、やり直しは、苦痛を伴う作業でしかない。そもそも、手作業に占める割合が高い作品であるため、同じものを作るなんて出来るわけがない。 仮にやり直したとしても、落選する可能性もある。入選率の低さから予想すると、むしろその方が高い。もうやり直したくない。このままいってしまおう。 所詮は趣味だし、やってもやらなくても、誰かに対して責任を負っているわけではないし。
そんな思いのまま、毎日作品を眺める日々が一か月ほど続き、作品搬入まで半月あまりになった。
やっぱり、やり直そう。何が原因で失敗したのかは、よく分かっている。
ネガを探し、引伸ばし機にセットしてルーペで粒子を見ながらピントを合わせ、印画紙をイーゼルに固定したら、露光する。予め用意しておいた現像液をたっぷり張った大全紙のバットの中で、露光済みの印画紙を揺らす。そして、水洗を終えたプリントを慎重に部分漂白する。
ホームセンターでベニヤと角材を購入し、パネルを作る。ステインを何度も重ね塗りする。
もうここまで来ると、やり直すことへの苦痛は、僕の中からは消えている。
搬入日まで、残りの日々は少ない。でも、何とかなる。満たされた気持ちで、審査に臨もう。後のことは、後のことだ。
2026年6月22日月曜日
暗室のプルシアンブルー





