先週、公募展の審査が終わった。その結果は今週、僕の手元に届くはずだ。期待か、それとも失意か。どちらにしても、僕は否応なく「確定した現実」に着地することになる。 宙ぶらりんなこの時間は、可能性がまだ閉じられていない時間でもある。
「いっそ、永久に結果など届かなければいい」
――そんな拍子抜けな願いが口をつくのは、丹精込めて生み出したものを現実の秤にかけたくないという密かな防衛本能なのだろう。
答えの出ない思いを抱えたまま、暮れなずむ国道を琵琶湖の西岸へと走らせた。 三脚を据え、大判カメラにレンズを装着する。グラウンドグラスの暗がりの中で構図を確かめると、日没まではあと三十分ほどだった。南東の空には、まだ頼りなげな月がぽつりと浮かんでいる。
浜辺に腰を下ろし、静かに暮れゆく湖面を眺めながらささやかな夕食をとる。ただ目の前にある光と水、刻一刻と移ろう時間だけに身を委ねていると、胸のざわめきをゆっくりと解きほぐしてくれる。
日没直後、まだ周囲にうっすらと残光が漂う中、最初の一枚のために十五分間の露光を開始する。シャッターを開け、一息ついてふと南東の湖面に目をやった。 まばゆい光が、波間に眩しく揺れている。車のヘッドライトか、対岸の街灯りでも映り込んでいるのだろうか。
だが、目を凝らしてよく見れば、それはほかでもない、月光だった。
「この光を撮りたい」
――激しい衝動が胸を突く。 しかし、大判カメラは今まさに露光の真っ最中だ。ほかにカメラは……そうだ、車の中に古いキスデジ(小型デジタル一眼)を積んでいたはずだ。迷っている時間はない。急いでスペアの三脚にキスデジを据え、頭に固定したヘッドランプの細い光で足元を照らし、暗闇の岸辺を走り出した。猶予は大判カメラを露光している十五分しかない。
息を切らして辿り着いた水際で、僕は言葉を失った。 天上から降り注ぐ月光が湖水と溶け合う瞬間、波の一粒一粒が四方八方へと銀色の光を打ち返している。そこには、目も眩むような光の絨毯が揺らめいていた。
はやる心を抑えながら三脚を立てる。マニュアルモードに切り替え、ISOは100、絞りはF8、シャッタースピードはバルブに。レリーズ(遠隔シャッター)など用意しているはずもない。
キスデジでこんな奇跡のような夜を撮ることなど想定していなかったのだ。意を決し、指先で直接シャッターボタンを押し込む。 露光時間を感覚で変えながら夢中で数枚を撮影すると、再び暗がりを走り抜け、大判カメラのもとへと戻った。滑り込みでシャッターを閉じ、フィルムを巻き上げる。
次の一枚は三十分露光だ。少しの余裕ができた僕は、再び三脚を抱えて先ほどの浜辺へと向かった。 けれど――あの銀の絨毯は、もうどこにもなかった。 ほんの数分前まであれほどまばゆく輝いていた光は嘘のように消え去り、静けさだけが広がっている。琵琶湖は広い。
あの瞬間の光の奇跡を目撃したのは、きっと世界で僕ひとりだけだったのだろう。僕が見なかったとしたら、あの光景は「確定した現実」として存在しない。
沖合へと引き退いた月光は今、遠くの湖面をただ静かに、一筋のスポットライトのように照らし続けていた。





