2026年9月24日木曜日

カメラは心の浄化装置なのかもしれない

 唯識(ゆいしき)は、仏教思想の一つである。あらゆる現象や世界は、ただ(唯)心・認識(識)によって現出しているものであり、心の外に客観的な実体(存在)は存在しないという教理である。

 今回は、唯識の教理を軸に、カントの認識論、バルトの「ストゥディウム/プンクトゥム」、シュルレアリスムの表現手法を接続し、写真との関係について考えてみたい。

 まず、唯識の思想を紐解くにあたり、心(認識)には八つの層(八識)が存在していることを理解する必要がある。

 八識と言いつつも、感覚、意識、末那識(まなしき)、阿頼耶識(あらやしき)の四種類だと解釈してもいい。末那識、阿頼耶識は、潜在意識である。


識の名称役割と特徴
前五識(第一識〜第五識)眼・耳・鼻・舌・身の5つの感覚器官による認識(見る、聴く、味わう等)。いわゆる五感。
第六識(意識)思考、判断、記憶、感情など、日常的に「考えている」自覚的な心。
第七識(末那識・まなしき)潜在意識の浅い層。「執着する心」。自我意識の根源であり、「これが自分だ」と無意識に自己執着し続ける心。
第八識(阿頼耶識・あらやしき)根本となる超・潜在意識。あらゆる経験や行動の記憶(種子・しゅじ)が蓄積される巨大なデータベース。
 事物を認識するプロセスとしては、前五識(五感)により捉えた情報を受け、過去の経験の蓄積である第八識(阿頼耶識)から自我を形成する第七識(末那識)が立ち上がり、それが表層の第六識(意識)として現出する。第七識と第八識は潜在意識の領域であるため、本人にその自覚はない。


<例:カレーライスの認識>


前五識:目の前にカレーライスという物体(視覚・嗅覚情報)がある。

第八識(阿頼耶識):過去に食べたカレーライスの体験や記憶(種子)が参照される。

第七識(末那識):過去の蓄積に基づき、「この具材や香りは自分好みだ」と無意識に自己との関係性を判定・執着する。

第六識(意識):「美味しそうだから食べたい」と自覚的に思考・判断する。





 前五識(五感)は感覚器官であり、第六識(意識)は認識の結果に過ぎない。今回焦点を当てるべきは、潜在意識下で働く第七識(末那識)と第八識(阿頼耶識)のメカニズムである。

 第八識(阿頼耶識)の状態(どのような記憶の種子が溜まっているか)によって、第七識(末那識)が事物に対して、どのような自我による偏った解釈を行うかが決まる。したがって、第八識(阿頼耶識)を清浄に保つことが極めて重要となる。ここでの「清浄」とは倫理的な善悪ではなく、心の認識にノイズや認知の歪みを生ませない状態を指す。第八識(阿頼耶識)に負の種子が過剰に溜まると、認知的ゆがみが生じ、人格の破綻や精神的な不調にもつながりかねない。




カントの「認識の枠」との接続


 カントは『純粋理性批判』において、人は「物自体(ありのままの真実)」に直接アクセスすることはできず、個人の認識の枠——感性(時間・空間)と悟性(概念カテゴリー)のフィルター——を通すことでしか事物を構成・統合(統覚)できないと説いた。

 この「認識の枠」こそ、唯識における第八識(阿頼耶識)と第七識(末那識)の構造に重なる。

 人間は、データベースである第八識(阿頼耶識)に存在しない情報や概念は参照できないため、そもそも事物として認識することができないのである。

(参考 形而上のレンズ交換)




バルトの「ストゥディウム・プンクトゥム」との接続


 ロラン・バルトが提唱した写真論における「ストゥディウム」と「プンクトゥム」も、識の階層で説明がつく。

  • ストゥディウム:社会的・言語的に共有可能な情報や記号(コード)であり、唯識では表層の「第六識(意識)」に該当する。

  • プンクトゥム:言葉を超えて鑑賞者の心に突き刺さる強烈なディテールであり、自我や潜在意識の「第七識(末那識)」を突如として揺さぶる現象である。

    (参考 明るい部屋)






シュルレアリスムとスナップ写真


 潜在意識である第七識(末那識)や第八識(阿頼耶識)を直接的に表現しようとしたのが、20世紀初頭のシュルレアリスムであった。彼らは意識のコントロールを外し、潜在意識の言葉をそのまま書き出す「自動記述(オートマティスム)」や、夢の情景を描くことで深層心理にアプローチした。

 日常の動作——例えば車の運転や徒歩移動——を無意識に行えるのは、繰り返しにより獲得された「運動の種子」が第八識(阿頼耶識)に蓄積され、第七識(末那識)がそれを自動操縦しているからである。

 写真撮影、特に直感的なスナップ撮影においても同様の現象が起きる。通常の認識プロセスは「前五識(五感) ➔ 第六識(意識:言語・意味づけ)」という段階を辿るが、衝動的な撮影においては第六識(意識)の言語化が一時的にバイパス(迂回)される。五感の生データが深層の第七(末那識)・第八識(阿頼耶識:記憶・執着)とショートカットで直結し、「なぜ撮ったのか自分でもわからない」まま、身体反応としてシャッターが切られるのである。

 写真が時に、言葉による説明を拒むような強い力を持つのは、思考(第六識:末那識)以前の潜在意識領域で光が定着されているからに他ならない。



写真を「鑑賞する」ということ


 写真を鑑賞する行為は、単に平面上の画像を眺めることではない。それは「鑑賞者の第八識(阿頼耶識)に眠る膨大な記憶(種子)が、写真というトリガー(縁)によって起動・共鳴するプロセス」である。


 写真と対峙した時、心の中では以下の変化が起きている。


1. 前五識(眼識)の受容

 鑑賞者の眼が、写真に定着された明暗、色彩、被写体の輪郭という「光の生データ」を受容する。

2. 第六識(意識)による解読(ストゥディウム)

 「何の建物か」「時代背景はいつか」と、自身の教養や言語を用いて概念的に作品を理解しようとする。


3. 第七識・第八識の共鳴(プンクトゥムの発生)

 写真に写るわずかなディテール(誰かの手の角度、窓辺の光、街角の陰影)が引き金となり、鑑賞者自身の第八識の底に沈んでいた個人的な記憶や、言葉にならないノスタルジー、喪失感が突如として揺り起こされる。第七識(末那識)は「これは私に関係がある」と強烈に反応し、胸を締め付けられる。


 つまり、写真に感動する時、感動の源泉は「写真の内部」にあるのではなく、「写真の光が、鑑賞者自身の第八識(阿頼耶識)の底に眠っていた記憶の澱(おり)をかき混ぜ、表面に浮かび上がらせた」ことにある。



写真というメディアがもたらす「心の掃除と鍛錬」


 第七識(末那識)は、第八識(阿頼耶識)のデータを燃料にして自動運転を行うと同時に、新たな執着(悪種子)を生み出して第八識(阿頼耶識)を濁らせ続ける「増殖炉」としての側面を持つ。人は日常において、第六識(意識)が作り出す思考の雑音や、第七識(末那識)の過剰な自我執着に囚われ、心の濁り(負の循環)に巻き込まれがちである。


 不安や不満を反芻することで第八識(阿頼耶識)を濁らせてしまう罠から抜け出すには、唯一「自覚的な観察」が可能な第六識(意識)の働きによって、過剰な意味付けや執着の循環を自ら断ち切らなければならない。

 では、カメラを向ける行為は、この構造にどのように寄与するのだろうか。

 スナップ撮影において、言葉や意味付け(第六識:意識)をバイパスし、直感と深層記憶を結びつけてシャッターを切る作業。それは、カメラという「精神の延長」を通して、普段は隠されている潜在意識の偏愛や執着(末那識の影)を、光の像として外部に「客観化」するプロセスである。

 また、写真を鑑賞する行為もまた、被写体という鏡を通して自身の第八識(阿頼耶識)に眠る記憶の澱をあぶり出し、内面を直視させる。

 第八識(阿頼耶識)の掃除が「時間をかけて良い種子を蓄積し、認識の濁りを払うこと」であるならば、カメラを手に世界と対峙することは、自動暴走する自我のフィルター(末那識)をファインダーという窓を通して客観的に見破り、静かに整えていくマインドフルネスの実践と言える。

 写真とは、自らの深層の濁りに溺れることなく、世界と自己をもう一度「ありのまま(真如)」に見つめ直すための、極めて静かな心の浄化装置(瞑想)なのかもしれない。



横山紘一 著  「やさしい唯識 心の秘密を解く 」


 それにしても、事物の認識というのは、写真作品を作るうえで一度は誰もが焦点を当てて考えてみることらしい。「杉本博司著:スギモトノート」の中にも末那識についての記述がある。



2026年9月20日日曜日

最後の一枚までよろしく

 


 オリエンタル写真工業から、モノクロ製品・生産販売終了のアナウンスがあった。

 僕が知る限り、かつて国内には、三菱、フジ、オリエンタルの3社がゼラチンシルバープリント用印画紙のメーカーとして存在していた。それぞれに特徴がある印画紙であった。三菱製紙の「月光」は冷黒調寄りで好みではなかったため、ほとんど使ったことがなかった。フジのバライタ紙「レンブラント」は素晴らしい印画紙であったのでよく利用したが、RCペーパーはベースが薄く、気のせいかプラスチック感があったためあまり使うことはなかった。

 オリエンタルには、高級印画紙の「シーガル」と廉価版の「イーグル」があったが、シーガルは高価なうえにあまりにも純黒調過ぎた。イーグルは、廉価版と言いつつも安っぽさが微塵もなく僕の好みによく合っていたので、一時期よく愛用していた。

 歴史あるブランドが消えてしまうのは寂しい限りだが、これも時代の流れで仕方がない。最後にRCの8×10(100枚入り)を一箱注文しておいた。これで、僕が使うことのできるオリエンタルの印画紙の命数が具体的になってしまった。もう新たに入手することは出来なくなるのだ。

 あとは、ハーマンテクノロジー(イルフォード、ケントメア)とフォマ、ADOXに頑張ってもらうしかないかな。もちろんOEM生産も大歓迎だが。

2026年9月17日木曜日

L型レリーズアダプター

 


 前の冬の終わりに雪景色を撮影した時か、春の初めに桜の撮影に出かけた際、ケーブルレリーズと、その先端に装着するL型アダプターを落としたのか失くしてしまった。

 ケーブルレリーズは過去に何本か買って使ってきたが、自分にとっては、布巻きの柔らかい素材のものが一番使いやすい。ビニールで包まれたものは、ケーブルの保護という点では破損しにくい利点があるものの、応力が強くてしなやかさに欠ける。 

 ケーブルレリーズは、フィルムカメラ時代の写真用品遺産というべきもので、大量生産され、そのほとんどが汎用品であり、安価な中古品が数百円で手に入るし、今でも新品で購入することができる。

 そういうわけで、ケーブルレリーズはいい。問題はその先端に装着するL型アダプターである。このアクセサリーはケーブルレリーズほどありふれたものではなく、新品ではもう入手できない。しかも安くはない。

  この「安くはない」というのは、決して手が出ないような価格ではないのだが、

「たかがこんなものにこの価格か」

 と思ってしまう所以である。

 少なくとも、新品で売られていた頃の価格よりは安く買えないと、どうにも納得がいかないのだ。 L型アダプターを失くしてからというもの、果たしてこのアクセサリーは撮影に必須のものなのかと、半年ほど自問自答してみた。

 その結果、無くても問題ないという結論に達したものの、納得のいく価格で見つけたら買おうとは思っていた。 無くても問題ないのだから世間の実勢価格は余計に高く感じられ、探す努力もしなくなっていたが、ある時ふと、フリマサイトで安く出品されているのを発見した。しかもクーポンを使えば500円程度で購入できる。それを知るやいなや、誰かに先を越されないよう、秒で購入ボタンを押した。

  今度こそ、失くさないようにしよう。 

2026年9月10日木曜日

月光のカノン

 

EOS Kiss X3 EF-S 18-55mm F3.5-5.6IS
 

 8月の終わり、月光に輝く湖面を撮るため、湖畔へ向かった。しかし、今回も納得のいく結果を得ることはできなかった。それでも、6×7のフォーマットで一枚だけシャッターを切った。

 今回の撮影で分かったことがある。月光が湖岸から沖へと一直線に伸びる「光の道」が現れる時間は、僕の予想では月の出から1時間ほど、あるいは月の入りまでの1時間ほどに限られるということだ。だが今回は、その時間帯に湖岸へ立つことができなかった。

 理屈としては、きっと単純なことなのだろう。それでも僕は、身体で確かめなければ、物事を深く納得することができない。実際に湖岸に立ち、光が移ろいゆく様を目で追って、初めてその理屈が自分のものになった。

 撮影の条件は、さらに厳しい。

 月の出入りの前後1時間という限られた時間でありながら、同時に日の出前、あるいは日の入り後で、空が十分に暗くなければならない。

 果たして、僕が狙うあの場所で、望む方角へ真っ直ぐに月光の道が伸びる瞬間は存在するのだろうか。

 「月の出・月の入り時刻方角マップ」を開き、これから何度もシミュレーションを重ねることになるだろう。

 仮に天象の条件がすべて揃ったとして、その刻、その場所に自分自身が佇むことができるだろうか。その夜の風は凪いでいるだろうか。雲の切れ間は開いているだろうか。

 いつだって僕の心には、湖岸の木々の間から沖へ遥かに伸びる、眩い月光の道が映っている。

 いつの日か、僕はその光の道の起点に立つことができるのだろうか。

2026年9月3日木曜日

「絶滅写真」とスギモトノート


 東京国立近代美術館で開催されている杉本博司「絶滅写真」を7月に見てきた。

 ずっと以前(20年ほど前だと思う)、杉本氏についてよく知らなかった頃、どこかの美術館で「海景」の一点が展示されているのを見たことがあった。当時は「何もない海が写っているだけ」という感想しか抱けず、価値を見出せずにいた。しかし、「なんだこれは?」と覚えた確かな違和感と共に、杉本氏の名前は記憶の底に残り続けた。

 これまで杉本氏を自分の研究対象としてこなかったのは、写真家の枠に収まり切らない作家であったがゆえに、関心が向かなかったからなのだろう。


 近年になり美術史を学び始めると、現代美術を代表する日本人作家として再び杉本氏の名に出会った。写真技術を用いた現代美術とはどのようなものか――そう思い立ち、作品が掲載された著書や随筆を数冊手に取ってみた。

 そこにあったのは、圧倒的な知識の量だった。まさにリベラルアーツの宝庫のような頭脳を持つ作家だと感嘆した。現代美術への理解を深めると共に、杉本氏の作品はそうした知識や文脈(コンテキスト)の上に成り立っているのだと確信し、「海景」をはじめ、「劇場」「ジオラマ」「放電場」といったコンセプトを読み解いていった。


 杉本氏の作品は、単なる感情だけで鑑賞するものではない。深く対峙しようとするならば、鑑賞者にも相応の素養が要求される。文脈を知ってこそ真価を楽しめる作品なのだ。

 杉本氏が提示すること、そして考えていることは極めてシンプルである。しかし、それを実行に移すことがいかに困難であるかは容易に想像がつく。氏が制作プロセスをすべて公開し、「真似してもいい」と語りかけているのも、そうした自負の裏返しなのだろう。(当然、おいそれと真似できるはずもないのだが!)

 

 暗闇の展示室に浮かび上がる大判プリントを見つめていると、単なる「写真」を超えた何かを感じる。鑑賞しているうちに、ふと江戸川乱歩の小説『大暗室』が頭をよぎった。

 どこか不気味で退廃的な美しさ、そして「かつてそこに確かに存在したもの(あるいは巧妙に作られた虚構)」を凝視する冷徹な視線。像が結ばれる直前の「暗室」の闇そのものを思わせるその世界観は、杉本氏が意図しているかどうかは別として、僕にはその世界が江戸川乱歩の描く猟奇・怪奇の精神世界とどこかで響き合っているように感じられた。



 今回の上京の目的は、展示作品の鑑賞はもちろんのこと、同館3階の所蔵品ギャラリーに展示されている「スギモトノート(複製)」を確かめ、記録することだった。杉本氏が作品制作において重ねてきた試行錯誤の痕跡が、そこに綴られているはずだからだ。僕にとって必要となるページは、すべてカメラに収めてきた。


「やっぱり、ネガ現像液はD-23処方か。」


 あの「海景」の果てしない無限のグラデーションとシャドー部の粘りが、メトール単用の現像液から生み出されていたことは、以前随筆を読んで知っていた。

 この「D-23」現像液については、また別の機会に詳しく書くことにしたい。僕自身もD-23から派生した処方の現像液を愛用しているため、この薬剤とは実に長い付き合いになる。

 
杉本博司 著 「スギモトノート 銀塩写真技法」


 7月中旬、岩波書店から杉本博司著『スギモトノート 銀塩写真技法』が刊行された。 ノートに書かれた思考が随筆的に解き明かされている内容かと期待して手に取ったが、様相は少し違っていた。どちらかといえば、杉本作品の撮影現場や技術的な側面から当時を回想するような一冊であった。 それでも、一気に読み終えてしまったのは紛れもない事実である。

 二十年前、「何もない海」としか思えなかった一枚の写真が、いまになってこれほど多くのものを僕の中から引き出してくる。

 あのとき感じた「なんだこれは?」という違和感は、どうやら間違っていなかったらしい。

 作品を理解するとは、作品に知識を付け足すことではなく、過去の自分が感じていたものを後から別の言葉で発見することなのかもしれない。

2026年8月29日土曜日

「この声で歌う」ことしかできない

 


 8月末の残暑が厳しい折、京都写真美術館で開催されている、多田洋写真展「無頼」を見に行った。

 そこには、岐阜の街角を切り取ったスナップや、抽象的な影と形をモチーフにした30点のゼラチンシルバープリントが、たしかな息遣いとともに並んでいた。

 多田さんは、かつて写真月刊誌の月例コンテストという激戦区で、毎月のように紙面を飾っていた実力者である。その過酷な場で勝ち残り、評価され続ける背景には、並大抵ではない年月と凄みが宿っている。それほどにまとまった数のオリジナルプリントを直に眼差すことができたのは、非常に得難い時間だった。

 作品群と向き合う中で、僕の心を強く捉えて離さなかったものがある。それは、画面全体に漂う絶妙な「粒子感」だった。おそらく多田さんご自身は、ことさらそれを意識してはいないのかもしれない。

 しかし、そこには僕自身の作品にはない、ざらりとしながらも乾いた手触りがあり、ただただ羨望の念を抱かずにはいられなかった。

 ふと、写真家・内田ユキオさんのエッセイ『ライカとモノクロの日々』にある、「この声で歌う」という一節が脳裏をよぎる。

 ゼラチンシルバープリントにおけるネガというものは、選ぶフィルムや光の測り方、現像液の処方や希釈、そしてタンクを揺らす攪拌のリズムに至るまで、その人の息遣いや癖が否応なく染み込み、唯一無二のトーンとなって立ち現れる。あの美しい粒状性も、きっとその結晶なのだ。

  それは歌手にとっての「声」によく似ている。どれほど他人の声が魅力的に響こうとも、それを自分の喉に移植することはできない。歌手はみな、己に与えられた声で歌い切るしかないのである。

 表面的なプロセスを真似ることはできるだろう。しかし、それで奏でられるのは決して「自分」ではない。

 果たして、僕は、自分の声でちゃんと歌えているのだろうか。

2026年8月25日火曜日

失くした延長リンクとブリコラージュ

 


 シャッターの油が固着せぬよう、定期的に絞りを動かし、空シャッターを切る。そのために取り出したレンズから、あるはずの重要部品が消えていた。いつか紛失するのではないか――この外れやすい「延長リンク」に対して抱いていた予感が、最悪の形で的中した瞬間だった。

 これほど小さなパーツなど、単体で売られているのを見たことがない。もし修理扱いで取り寄せようものなら、そのサイズに見合わない高額な費用がかかることは火を見るより明らかだった。

 無いなら、作るしかない。暗室でお馴染みの覆い焼き用ワイヤーをニッパーで切り出し、慎重にクランク状へ曲げてみる。すると、ジャストフィットする代用品が完成した。仕上げに自転車の虫ゴムを被せ、脱落防止の工夫も施す。

 それから一か月ほど経った頃だろうか。撮影現場で冠布をバサバサとあおった拍子に、足元へポロリと金属片が落ちた。紛失したと諦めていた、あのオリジナルの延長リンクだった。

 苦笑いしつつも、妙な充足感があった。たとえ再びこれを失う日が来ようとも、僕にはいつでも自らの手で引き戻せる「技術」を手に入れたのだから。

※「ブリコラージュ」社会人類学者のレヴィ=ストロースがで用いた概念で、ありあわせの物を工夫して使う思考。