2026年2月3日火曜日

明るい部屋

 

ロラン・バルト著「明るい部屋―写真についての覚書」(1997)


 ロラン・バルトの『明るい部屋――写真についての覚書』。 写真論の古典でありながら、僕はこの本を手に取るのを長く避けてきた。みすず書房の重厚な装丁、そして翻訳特有の「……するところのもの」といった難解な言い回し。ページをめくる前から、その手強さを想像していたからだ。しかし、敢えてそこに踏み込んでみた。分からない部分は分からないままでいい。


 以下は、この難解な迷宮をアリアドネの糸に導かれ、僕なりに咀嚼し、たどり着いた景色である。

*この本にはアリアドネの章もあったので援用してみた。



「ストゥディウム」

 写真は一見、現実をありのままに写し取っているように見える。しかし実際には、僕たちは無意識のうちに多くの「コード(規則)」に支配されながら、その像を解釈している。コードとは、撮影者の視点であり、僕たちの「認識の枠」の一部を形成している。


 バルトは、この文化的に理解可能で、誰もが共有できる意味の領域を**「ストゥディウム(Studium)」**と呼んだ。


 たとえば、日本の伝統行事の稚児行列に参加しようとしている化粧をした子供の写真があるとする。窓からの射光線がその顔を照らしている。「これは伝統の記録であり、光の使い方が効果的だ」……。そうした容易に言語化できる要素の集積がストゥディウムである。


 SNSに溢れる「映える」写真もまた、まさにストゥディウムの塊だ。また、バルトによればポルノもまたストゥディウムに属する。それは実用的で明白であり、何が写っているかを即座に言語化できるからだ。

 対して「エロティシズム」は、写っていない何かを想起させ、鑑賞者の内面を揺さぶる。それはもはやストゥディウムの領域ではない。

 エロ本は、その内容がエロティシズムではなくポルノなので、エロ本という言い回しは間違っていることになる。と、思った。

 

「プンクトゥム」

 時としてそのコードが通用しない瞬間が訪れる。バルトが**「プンクトゥム(Punctum)」**と名付けた、観る者を突き刺す「意味になりきらない何か」である。


 プンクトゥムは、鑑賞者が個人的に「感じてしまう」ものである。通常、鑑賞の主体は人間であり、写真は客体に過ぎない。だが、ニーチェが「深淵をのぞき込むとき、深淵もまたこちらをのぞき込んでいる」と言ったように、プンクトゥムが発生する瞬間、主客は逆転する。写真の側から、こちらを刺しに来るのだ。


 バルトは写真を「俳句」に例えた。五・七・五という形式の中で、用いられている単語のの意味以上のものが、ある細部から見えてくる。写真もまた、静止した像の裂け目から、僕たちの認識を根底から揺さぶってくる。

 

「みるための時計」としてのカメラ

 カメラという装置は、もともと家具や時計の技術から派生したものだという。そう考えると、写真はまさに**「みるための時計」**なのだとバルトは言っている。


 ここで一つの疑問が浮かぶ。プンクトゥムは鑑賞者に発生するものだが、では、その状況をすべて知っている「作者自身」が自作を見たときはどうなるのか。


 撮影時の僕は、たしかに「意図を持つ主体」であった。しかし、相応の時を経て自作に対面したとき、僕は「ただの観者」へと変貌する。かつての自分が捉えたはずの背景、忘れていた身振り、今は失われた場所……。それらは「今となっては失われてしまった事物」として、無慈悲に僕を突き刺す。


 作者は、自分が写した「かつての自分」という名の存在に射抜かれる。写真は、時間がもたらす不可逆性を突きつける、最も精緻な時計である。ただし、その時計が動くためには、「時間の経過」という残酷な発酵が必要なのだ。


「それはかつてあった」という狂気

 第一部の最後で、バルトはそれまでの分析的な態度を投げ出す。「今まで書いたことは、やっぱりなかったことにして、もう一回考え直す」という驚くべき前言取り消しを行い、第二部へと突入する。


 これは第一部が誤りだったからではない。分析という「ロゴス(論理)」を捨て、写真がもたらす「パトス(情念)」の深淵へと飛び込むための儀式だったのだ。


 バルトは写真の本質を、**「それはかつてあった」**という狂気であると結論づけた。 狂気とは何か。それは、過去のある瞬間が、時間を超えて「今、ここ」に存在する矛盾そのものだ。


「かつて在った」という確信と、「今はもういない」という喪失。この矛盾が同時に突きつけられたとき、理性を超えた剥き出しの感情が立ち上がる。これこそが写真の孕む狂気である。


 僕もまた、ずっと以前、毎年海外へ撮影に出かけていた。その頃の写真を見返すたび、「もうこんな写真は二度と撮れない」と痛感する。今の僕はあの頃の僕ではなく、被写体となったあの場所もあの人も、もう存在しない。その事実が僕を射抜くとき、僕はプンクトゥムという名の狂気に触れている。


 バルトは、写真を本当によく見るためには、時として写真から顔を上げるか、あるいは目を閉じてしまう方がいいと言う。

 コード化された意味から自由になり、心の奥底で立ち上がってくる印象に身を任せる。そのとき、写真は単なる記録であることをやめ、二度と繰り返されることのない「一回性」の痕跡として、僕たちの実存に触れてくる。


 「ただ一度しか起こらなかったこと」を、理解可能な形式へと変換してしまうのがコード化だとするならば、そこから漏れ出した「痛み」こそが写真の正体なのかもしれない。その裂け目は僕たちの認識を壊すが、同時に、新しい世界を見るための枠組みを形成する契機ともなるのだ。

2026年1月24日土曜日

水中木、冬

 


 異例の積雪だった。

 伊吹山麓に雪が積もることは珍しくないが、湖岸がこれほど白く染まることは、そう頻繁にあるわけではない。雪景色の撮影には、またとない好機だった。幸いにも今日は仕事が休みで、自由に動ける一日でもあった。

 道中、雪道を走るリスクはあったが、「無理なら引き返せばいい」と自分に言い聞かせ、湖北へと車を走らせた。フロントガラスの向こうに広がる白さが、次第に現実味を帯びてくる。

 目的地は、多くの写真家を惹きつけてやまない水中木だ。

 僕も何度となく足を運んできた場所だが、冬になると水位が下がり、根元は小さな島のように姿を現す。その地表に雪が積もる光景を、いつか撮りたいと、長く心に留めていた。今回の降雪は、まさにそのために用意された時間のように思えた。

 昼頃に現地へ到着し、まずは数枚シャッターを切る。曇天とはいえ、日中の光はまだ強く、ND400を装着して長秒露光を試みた。その後は近くの喫茶店に入り、読書をしながら光が落ち着くのを待った。

 夕方、完全に太陽が山の向こうに落ち、湖畔に静けさが戻る瞬間を見計らって、最後の一枚に向き合う。

 昼間に撮った写真には、樹木に付着した雪の質感が、より克明に刻まれているだろう。だが、光の階調は夕方の方が美しいはずだ。遠方に浮かぶ沖島が、淡く輪郭を取り戻していく様子は、息をのむほどだった。構図もレンズの選択も、昼間とは変えている。

 個人的には、日没後の繊細な光を好んでいる。とはいえ、昼の描写が劣るわけではない。昼は150mmと300mmで対象を確かに捉え、夕刻には500mmで、その場に漂う空気ごと凝縮するようにシャッターを切った。

 使用した500mmは、山崎光学研究所のテレ・コンゴー500mm F9.5である。同社が業務を終える前年に新品で購入したものだ。この焦点距離を必要とする場面は多くなく、いつしか持ち出す機会も減っていった。一時は、手放してしまおうかと考えたことさえある。
 
 だがこの日、広角から望遠まで万全を期してレンズを携行した判断が、静かに報われた気がした。もしこの一枚が、思い描いていた通りに写っているのなら、このレンズは名実ともに、僕の「愛用の一本」と呼べる存在になるだろう。

 結果がどうであったかは、現像してみるまで分からない。

 うまく写っていないかもしれないし、暗室での工程で失敗する可能性だってある。
それでも、雪を掻き分け、踏みしめながら、コハクチョウの鳴き声を背に撮影に没頭した時間は、確かな記憶として身体の奥に残った。

 それだけで、もう十分だった。

2026年1月20日火曜日

ローライコード4

 


 15年くらい前に、ローライコード4(Ⅳ)を買った。あまり出番が多いカメラではないが、今のところ手放そうと思ったことはない。
 
 最初に買った二眼レフはヤシカマット124Gだった。二眼レフ固有の独特の構え方や、左右が逆に映るファインダー像、6×6フォーマットに馴染めずにしばらく使わないでいるうちにシャッターが不調を来たし、すぐに手放してしまった。
 ニューマミヤ6を使うようになり、6×6フォーマットには慣れた。大判カメラを使うようになり、上下左右逆のファインダー像にも違和感がなくなった。

 そんな折、再び二眼レフを使いたくなり、マミヤC330fを入手した。これはとても良いカメラだった。しかし、とても大きく重く、大判カメラと使用場面が重なるため、ほどなく手放した。マミヤCの重さに閉口した経緯もあり、次に探したのは軽い機体だった。
 チェコ製のフレクサレットの上品なデザインに魅了され、購入したが、ファインダー像があまりにも暗く、フードの取り付け規格が専用品であり、他社製を流用することも出来なかった。自分で分解清掃しているうちに、元に戻せなくなり、これも手放してしまった。いくらデザインが気に入っても、他の部分が満足出来なかった。

 それまでの経験から学んだことは、自分が探すべき二眼レフは軽くて、フードやフィルターが使いやすい汎用規格で、ファインダー像が明るいものが理想ということになる。最初からこの結論に辿り着けそうなもんだが、やってみないと分からなかったのだ。

 二眼レフは、とても種類が多い。国産ならリコーフレックス、プリモフレックスあたりが今はいいかなと思う。ミノルタオートコードも魅力的だが、僕には立派過ぎるし重い。
 ニ眼レフで有名なのは、ローライフレックスだと思うが、それゆえ高価で重い。

 二眼レフは僕にとって、写真活動の気分転換をするためのカメラという位置づけになることは予感していたこともあり、真剣には探していなかったが、今は無きtokyo-photo.netのフォーラムで、ローライコード4を推しているメンバーがいた。

 調べてみると、軽くて、フードは当然BAY1の汎用規格で、しかも比較的安価である。オークションサイトで、スクリーンを明るいものに交換して整備済みのものを購入した。当時、4万5千円ほどだったが、今もあまり相場は変わっていない。

 手元に届いて、子細にカメラを観察してみたが、作りも良くとても満足な買い物であった。右側のノブでピントを合わせて、レバー式のシャッターで撮影する。テッサータイプのレンズ構成で、キリッとした写りだ。このローライコード4を入手してから15年経つが、他の二眼レフを買おうという気にはならないため、僕にはローライコード4が最適解だったのだ。

 

2026年1月14日水曜日

ペンタックスSPと歩む豊かな写真ライフ

 

 

 普段はマニュアルフォーカスの機械式一眼レフ、ニコン New FM2 を愛用しているが、万が一のサブ機として、 ペンタックス SP を購入した。これが、4年前のことになる。


 ただ、これは自分でもかなり強引な言い訳だと振り返ってみると思った。New FM2はすこぶる調子がいいし、仮に故障したとしても、修理中に代わりを務めるカメラは既に手元にある。結局のところ、そんな理屈はどうでもよくて、New FM2よりも20年ほど前の時代のこのカメラを、ただ使ってみたかっただけなのだろう。


 ペンタプリズムにアクセサリーシューがない、すっきりとしたデザイン。今となっては珍しい「絞り込み測光」。そして汎用性の高いM42マウント。実際に手に取ってみると、巻き上げレバーの手応えやシャッターを切ったときの感触がとても心地よい。その質感は、僕が使っている現行品のライカ M-A にも決して劣っていないと感じる。

 ただ、やはりファインダー像は、New FM2よりもかなり暗くざらついている印象はある。まだ発展途上のカメラであったことは否めない。

 かつてのベストセラー機ということもあり、中古市場には今も豊富に出回っていて、価格も手頃だ。55mm F1.8のレンズ付きで1万円ほど。135mm F3.5は不人気ゆえか1,000円くらい。少し高価な35mm F2も1万円ほどで手に入った。


 オールドレンズの定番といえば「Super-Takumar」が人気だが、僕はあえて次世代の「Super-Multi-Coated Takumar」で揃えた。これらはいわゆる「放射能レンズ」で、硝材に酸化トリウムが使われているため、入手時はかなり黄色く変色(黄変)していた。特に35mm F2の変色はひどいものだった。


 僕は黒白(モノクロ)フィルムしか使わないが、できるだけ普通のレンズとして使いたかったので、UVライトを二日間ほど照射して黄変を除去した。それでも完全には消えず、わずかに色が残っているが、それも味だろう。


 SP用の水銀電池「H-B」はすでに生産終了しているため、関東カメラサービスのアダプターを導入した。このアダプターは電圧を調整してくれる優れものだが、いかんせん60年前のカメラである。露出計の精度を確認したところ、低輝度側で2段ほどズレが生じていた。しかし、極端に暗い場所で撮ることは稀なので、実用上の問題はない。


 フィルムカメラを安価に楽しむには、これ以上ない選択肢かもしれない。100ft(フィート)の長巻から切り出した1本あたり500円前後の黒白フィルムを使い、自分で現像してスマホでネガスキャンする。そんな工夫を凝らす時間も含めて、豊かな写真ライフを味わえそうだ。

 ただ、最初からこの境地にはたどり着ける者は多くはない気がする。 

2026年1月10日土曜日

在庫という名の安心


 ここのところ、まち歩きのスナップが楽しくて、135フィルムをよく使っている。
一年で100ftフィルムを一巻(缶)、消費するくらいのペースだ。

 先日、フィルムをパトローネに巻き取るためのローダーに、新しいフィルムを装填した。ローダーは普段、冷蔵庫で保管し、必要な分だけを切り出して使っている。気がつくと、未開封の100ftフィルムがなくなっていた。補充しなくてはならない。

 いつも利用していた海外のECサイトで注文しようとしたが、ユーロがあまりにも高くなり国内で購入するのと、価格的な差がほとんどない。おそらく、近いうちに国内で販売されているものも、次の輸入ロットでは為替の影響を受け、値上がりする可能性があるだろう。それに加えて、フィルムや印画紙に必要な銀の相場が高騰しているという話も耳にする。

 安くなる要素は、今のところ何も見当たらない。
 
 そんな情勢なので、国内で入手できる価格が変わらないうちに、2巻(缶)注文しておいた。これで、おそらくあと3年は大丈夫だ。もっと在庫しておいてもいいのかもしれない。しかし、今後も135フィルムを多く使うとは限らないし、そもそも写真活動そのものに興味が薄れる時期が来るかもしれない。過度に長期保管するリスクも、頭の片隅にある。

 それに、もしかしたら「何か」の要因で、為替や銀価格のトレンドが変わり、今よりも安くなる可能性だって、ゼロではない。可能性はかなり低いが、それでも、そうならないとは言い切れない。

 現在、フォマパン200の100ftフィルムは9000円ほどで、そこから36枚撮りが18本取れる。1本あたりにすると、500円くらいだ。20年ほど前、もっと性能の良いフィルムが1本150円程度で手に入ったことを思えば、ずいぶん高くなった。それでも、500円で踏みとどまってくれていることに、感謝すべきなのかもしれない。

 ここまで書いて、やっぱり心配になってきた。
 近いうちに、あと2巻(缶)注文して、心の平安を得ようと思う。

 

2026年1月6日火曜日

認識を助けるための、忘却

 

PENTAX SP Super-multi-coated Takumar 55mm f1.8

Fomapan200(EI100)  Stoeckler Two-bath Film Developer

SILVERCHROME FLEXGRADE RC Matt

 フィルム写真は、撮影後すぐに確認することができない。後で見返してみると、なぜこんな写真を撮ったのか自分でも分からないものがある。意図的に撮ったのか、あるいは事故的にシャッターが切れてしまったのか、それすら判然としない。

 現像するまで結果が分からないその時間を「楽しみ」だと言う人は多いが、僕個人はそう思ったことはない。デジタルカメラであれば即座に確認し、失敗していれば消去して撮り直すだろう。フィルムでも同様のことが可能なら、おそらくそうしてしまっている。

 デジタルカメラにおける「即座の消去」は、「現在の自分」の価値観による検閲とも言える。撮影した瞬間の自分にとって「失敗」と見なされたものは、その場で存在を抹消され、未来の自分に届くことはない。

 それならば、デジタルカメラでの「失敗作」も、消去せずに保存しておけば良いのかもしれないが、僕の場合、デジタルカメラでの撮影目的は、あくまでも「記録」なので、意図に反したものは、消去したい性分なのだ。
 
  しかし、その「効率の良さ」が必ずしも良い結果に結びつくとは限らない。

 フィルムの場合、結果を見るには待たざるを得ない。「待つ」と言っても、僕の場合は自分で現像しているため、未現像のまま保管している時間が長いというだけのことだ。フィルムは、ある程度溜まってから作業した方が効率も良く、現像液の節約にもなる。

 結果として、撮影から暗室でプリントするまでには、ある程度の月日が経過することになる。そこには思わぬ効用がある。時間が経つことで、撮影時の記憶があいまいになっていくのだ。それは、画像を暗室で再構成する際、良い方向に働く。撮影時の主観的な感情が薄れることで、自身の写真を客観視できるようになるからだ。

 「待つ」という行為は、単なる効率化ではなく、それは、「自分」というノイズが消えるのを待つための熟成期間なのかもしれない


 撮影した瞬間の「僕」と、数ヶ月後にネガを見る「僕」は、別の存在である。時間が経過することで、かつての自分の感情というバイアスが剥がれ落ち、純粋な「対象」として写真に向き合える。「忘却」が「認識」を助けてくれる。

 この写真も、撮影した記憶が全くない。しかし、ピントも露出もそれなりに合っている。何かの弾みでシャッターが降りたわけではなさそうだ。気になって、小さな印画紙にさっとプリントしてみた。

  仕上がったものを見ても、やはり「これは何だ」という感覚は拭えない。だが、そのわけの分からなさが面白い。自分でもこれ以上どうしようもない写真なので、「このネガを丁寧に焼き直そう。」とまでは思わない。

 ただ、こうして図らずも撮れてしまった写真が、表現の新たな出発点になることはある。

2026年1月4日日曜日

ノイズに耳を澄まし、目を凝らす


   


  昨年を振り返ってみると、古楽をよく聴いていた。聴き始めの頃は知識がなく、十六世紀の音楽家ジョン・ダウランドのリュート作品ばかりを繰り返し聴いていた。

 なんて心癒される音色だろうと思った。

 他のリュート作品も聴いてみたくなり、オムニバスCDを手に取った。すると、音色や奏法に随分と違いがあることに気づいた。
 
 調べてみたところ、リュートにはルネサンス様式とバロック様式があるらしい。僕が聴いていたジョン・ダウランドはルネサンス様式である。 バロック様式では、リュートを大型化したテオルボという楽器があり、かなり低音が出る。音域がとても豊かである。 テオルボの作品を調べて、今村泰典さんの「バッハの《無伴奏チェロ組曲》」を、ダウンロード購入してみた。 (YouTube でも視聴できるみたい。) 

  僕は、音楽にはまったくと言っていいほど門外漢で、音楽理論は分からないので、理性ではなく感性のみで鑑賞することになる。

 知識がないことは、悪いことばかりではない。器楽曲であれば、耳から脳に届く情報を理性で分析することなく、感性のまま受け止めることができる。日本語の歌詞が入った曲だと、理性で意味を解釈しないわけにはいかないため、そうはいかないが。

  リュートのようなソロの演奏を聴いていると、手のひらがネックを滑る音や、袖が弦に触れたときの音に気付く。

 DTM(コンピューター打ち込みの音楽)では、身体行為に付随するノイズは発生しない。ノイズは一般に雑音とされるものだが、そういったノイズは快なのか、あるいは不快なものなのか?僕には快く聴こえるため、好意的なものとして捉えている。

 耳に届く「身体的なノイズ」が音楽に奥行きを与えるように、視覚表現におけるノイズもまた、単なる雑音以上の意味を持ち得るのではないか。

 フィルム写真の世界を振り返ると、現像ムラや傷、埃といったノイズは、かつては徹底的に忌避される対象だった。しかし、いつの頃からかこのノイズを表現手段とする作品が見られるようになった。

 フィルムの最初と最後のコマの、半分しか露光されていない像を積極的に面白がるのも同じ感覚だと思う。 先日読んだ村上隆氏の「芸術闘争論」の文中に、視線誘導をするため、ノイズを意図的に描くこともある。というくだりがあった。僕の場合、現像ムラがあるネガは、即座に失敗と判断し、傷や埃によるスポットは、印画紙に修正を施し、その存在を消してきた。 

 リュートの弦が擦れる音を愛でるように、これからは写真に現れるノイズもまた、一つの「音色」としてその可能性を模索してみたい。