2026年5月17日日曜日

尾形光琳の銀

尾形光琳 紅白梅図屏風

 
 日本史や美術史を紐解くと必ず出てくる、尾形光琳の国宝「紅白梅図屏風」。
  着目すべきは、中央の妖しくうねった黒い川である。今まで、この黒が何に由来するものなのか、深く考えたことはなかった。 
  
 何か自分の写真表現で参考になることはないかと、日本画の技法書を読んでいるうちに、ある記述に強い興味を覚えた。

 


 この黒い川は、銀箔を硫化させて作り出した黒だという。そして、若干の紫色を帯びていることから、微量のセレニウムの存在が指摘されている。
 これは、僕が暗室でバライタ印画紙を硫化調色、あるいはセレニウム調色しているのと同じプロセスではないか。まさかこんなところで、自分と光琳が接続するとは思ってもみなかった。

 なぜ、化学的に安定した墨ではなく、あえて不安定な銀を光琳は使ったのだろうか。

 墨にはない、硬質な金属光沢を求めたのか。
 背景が金であるため、川の表現にも貴金属である銀を使いたかったのか。
 あるいは、不安定な物質だからこそ、生き物のように変化し、完成していく「時間」を計算に入れたのだろうか。

 暗室で印画紙を現像液に浸したとき、最初に浮かび上がる黒はまだ浅い。それが定着や調色(硫肝・セレン)のプロセスを経て、ようやく「これだ」という独自の重みを持った黒へと完成していく。

 光琳が求めたのも、おそらくその「化学変化の先にある黒」だったのではないだろうか。
 もし彼がただ「黒い線」を引きたいだけなら、迷わず墨を使ったはずだ。しかし彼が描きたかったのは、流れる水であり、うごめく自然のエネルギーであった。そのためには、光を吸い込む墨ではなく、光と遊び、時とともに変化し続ける「銀の黒」でなければならなかったのだろう。

 川は、変化し続けるものだから。

2026年5月14日木曜日

大西茂 「写真と絵画」



 東京ステーションギャラリーで開催された展示の図録を購入した。

 掲載作品は決して多くはないが、そこにあるのは、いわゆる「正統な暗室処理」からはかけ離れた技法で生み出されたものばかりだ。


 刷毛(はけ)を用いた部分現像、変則的な温度管理による色調変化、ソラリゼーション、そして多重露光。長期保存という観点では推奨されない手法かもしれないが、彼にはそれ以上に優先すべき表現があったのだろう。

 数学者でもあった彼は「超無限」を顕(あらわ)そうとしていたという。それはプラトンの「イデア」に近い観念だったのだろうか。


 僕自身は、フィルムの性能を限界まで引き出し、適切な温度管理のもと、長期保存に耐えうる処理を旨としている。しかし、その正当な処理こそが、表現における一つの「限界」なのかもしれない。そこから逸脱した先にこそ、見えてくる世界があるのではないか。そう感じさせられた。

2026年5月10日日曜日

ニセアカシアの記憶

 


 ハチミツの瓶のラベルを見ると、蜜源として「アカシア」と表示されていることがよくある。だが、その多くはこの「ニセアカシア」を指しているようだ。本来のアカシアは黄色い花を咲かせる別種である。

 ニセアカシアを一輪挿しに生け、大判カメラを構える。操作を続け、グラウンドグラスに映る藤に似た小花の群れにピントが合った瞬間、ふとある記憶が蘇った。かつて北京を旅した際、迷路のように入り組んだ胡同(フートン)をカメラを持って歩いていると、路上に無数の小さな花弁が散り敷いていた。あの花も、ニセアカシアだったのではないだろうか。

 フェイ・ウォンの楽曲に『アカシアの実』という曲がある。

  異国の言葉で歌われるその曲を初めて聴いたとき、なぜか言いようのない懐かしさを覚えたのを覚えている。

2026年5月6日水曜日

原点回帰のその先へ



 市販の硫肝(ポリ硫化カリウム)が入手困難になってから、印画紙の調色処理はここ一年、僕にとっての大きな課題であった。国内で取り扱う事業者は既になく、海外のECサイトから調合済みの調色液を取り寄せてみたものの、その仕上がりは満足のいくものではなかった。

 昨冬の終わり、硫黄と炭酸カリウムによって硫肝を合成できると知り、自作に踏み切った。試行錯誤の結果、それが実用に足るものであることを確認できた。しかし、肝心の使用液の濃度、アルカリ強度、処理温度、そして処理時間。これらの最適なバランスを導き出すには、さらなる時間を要した。幾度ものテストを重ね、昨夜、ようやく納得のいくパラメーターを探り当てることができた。

 これでやっと、一年前の状態に戻れたのだ。しかし、失ったものを取り戻す過程で得られた知識や経験は、あまりに大きかった。これは単なる原点回帰ではない。

 かつてのように市販品を使い、教科書通りに処理していただけの自分はもうここにはいない。自らの手で理を解き、答えを導き出した「今の僕」が、確かにここにいる。

 調色を終え、水洗中のバライタ印画紙を攪拌しながら、現れた見事な濃茶の輝きに、そんな確信を得ていた。


2026年5月5日火曜日

三年目のシャクヤク

 


 職場の同僚から、今年も芍薬(しゃくやく)をいただいた。今年で3年目になる。

 1年目は、その存在感に視覚・嗅覚ともに圧倒された。蕾から散るまでの位相的遷移を日々観察し、撮影もしたが、花弁の華やかさに意識を奪われ、自分らしい写真は撮れずに終わった。だが、大量の花弁が一気に崩れ落ちる散り際と、その柔らかで冷たい手触りだけは、強烈な印象として残った。

 2年目は、花がどう変化するかを経験済みであったため、心に余裕を持って迎えることができた。しかし、花を見る「形而上のレンズ」が前年と同じままでは、新たな発見には至らない。開花中に数カット撮影したが、手応えはなかった。 それでも、角度や光線を変えて試行錯誤していた刹那、花弁がハラハラと落ちた。その瞬間、前年の記憶が鮮烈に蘇った。僕は急いで、かろうじて残った花弁と、散った花弁をフレームに収めた。それは、僕の中のレンズが切り替わった瞬間でもあった。

 3年目の今年は、開花した花と蕾のトーンバランス、そして茎や葉の形状に着目して撮影計画を立てた。蕾の状態でいただいてから、大きめの花瓶に挿し、毎日水を替えてその時を待った。昨日の夕方から蕾が綻び始め、深夜には五分咲きの状態になった。 「一輪が咲き、かつ二輪目は開花直前」という状態を、早朝か夕方の柔らかな光で撮らねばならない。チャンスは翌朝しかなかった。

 当日、早起きして開花状況が最適であることを確認し、剪定鋏(せんていばさみ)を手にした。花の形に合わせた即興の剪定だ。その間にも開花は刻一刻と進んでいく。 移ろう朝の光に合わせ、幾度も花や蕾の配置を整え直しながら、2時間で7枚ほどを撮影した。

 三度目の芍薬は、いまも大輪の花を咲かせている。僕の意識の中においても。

2026年5月3日日曜日

イメージかモノか

 高島 直之 著 「イメージか モノか: 日本現代美術のアポリア」


 この本の内容は、僕にとって少し難解なものだった。しかし、いつものことながら、分からないものにこそ、わずかでも関わろうとする姿勢が必要だと思う。未知の領域には、自身の価値観を揺さぶる何かが潜んでいる可能性が高いからだ。一読してすぐに理解できるような内容では、真の意味で新しい視点を得ることはできない。


 この本は、現代美術全般を対象にしているが、その多くのページが写真関連に割かれていた。写真は、シャッターを押した瞬間、撮り手の意図を超えてあらゆるものを写し取ってしまう。イメージを見るとは、単なる記号の「解読」ではない。それは「人間と事物を結びつける場を感得すること」に他ならない。鑑賞者は写真を見る際、そこに写るイメージを見ているのであって、写真という物質的な媒体そのものを見ているわけではないからだ。ただし、印画紙の表面の質感は、作品性に確かに影響を与える。


 写真家・中平卓馬は、自身の写真実践が権力側の私有するイメージに回収されることを拒絶した。彼は著書『なぜ、植物図鑑か』において、情緒的な物語性を排除し、物事をあるがままに即物的に捉えることを目指した。それは、彼が思想的闘争の時代を生きたという背景も、大きく影響しているのだろう。


 ロラン・バルトが「作者の死」で説いたように、作品は完成した瞬間に作者の手を離れ、その解釈は鑑賞者に委ねられる。僕が1990年代に写真教室に通っていた頃、講師はよく「この作品からは作者の思いが伝わらない」と批評していた。しかし現在では、そうした評価軸は徐々に過去のものになりつつあるように思う。鑑賞において「作者の思い」は副次的なものであり、どう受け止めるかは鑑賞者の自由に委ねられているのだ。


 中平氏が、意図しない恣意的な解釈を拒み、事物をあるがままに伝えようとした背景には、こうした「解釈の暴走」への抵抗があったのかもしれない。その思想は、美術動向である「もの派」とも共通点がある。目の前の現実を、解釈を挟まずに像として定着させることは、写真という装置の本質的な特徴でもある。

 もの派は空間に対象を配置することで「物質の存在」を際立たせ、写真は四角い枠に収めることで「事物の存在」を際立たせる。


 しかし、写真は多くの場合、やはり「イメージ」として享受されるものであり、「ものそのもの」を直接鑑賞する媒体ではない。それゆえに、写り込んだ事物の「概念」が鑑賞者の脳内に飛び込み、自動的な解釈を誘発してしまう。

 写真に写るのは現実であり、観念ではない。しかし、写り込んでいる事物から想起される「人の思い」は、確かに存在すると信じたい。そして、僕はずっとそんな写真に取り組んできたつもりだ。


 でも、最近、こうした著書を読み繋ぐにつれ、別方向の興味も顔を出してきた。果たして写真によって、「ものそのもの」に限りなく近似した表現を生み出すことは可能なのだろうか。

 この問いに、時間をかけて向き合っていきたいと思う。

2026年4月28日火曜日

犬の木

 


 アンセル・アダムスの「Dogwood Blossoms」という写真作品がある。 闇に沈む岩肌から、浮き出るような存在の白いハナミズキ。 色彩を削ぎ落としたモノクロームの世界が、これほどまでに花の息吹を鮮烈に、そして饒舌に語るものかと、初めてその作品に触れたとき、衝撃が走った。

 あの日以来、僕にとって「花を写す」ということは、闇の中に光を求める行為と同義になった。自作の「粉引に花」という連作も、あの静謐な闇への憧憬から始まった。

 背景となる黒は、決して平坦な「無」であってはならない。 そこには、わずかな諧調が宿っていなければならない。壁の肌理(きめ)と光の戯れが織りなす、奥行きのある闇。その微細な濃淡のゆらぎこそが、主役たる花を引き立てるのだ。

 季節は巡り、今、街にはハナミズキが溢れている。 北米を故郷に持つその花を見上げながら、アダムスが捉えたそれとの微かな違和感に立ち止まる。花弁の描く曲線、その反り。近所で咲き誇る花たちは、どこか記憶の中の映像とは異なる輪郭を描いているように見えてならない。

 偉大な先人の背中を追うことの虚しさは承知していても、容易に逃れることはできない。

 昨年もハナミズキの撮影をしたが、どこか違和感が残るネガしか作れず、プリント作業までは至らなかった。今年は花が完全に開ききる直前、その初々しい緊張感にレンズを向けた。現像液の中で浮かび上がるネガが、いつか印画紙の上で、僕に光を放ってくれるだろうか。

 四月の湿った風の中で、まだ、理想の白を探し続けている。