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2026年5月14日木曜日

大西茂 「写真と絵画」



 東京ステーションギャラリーで開催された展示の図録を購入した。

 掲載作品は決して多くはないが、そこにあるのは、いわゆる「正統な暗室処理」からはかけ離れた技法で生み出されたものばかりだ。


 刷毛(はけ)を用いた部分現像、変則的な温度管理による色調変化、ソラリゼーション、そして多重露光。長期保存という観点では推奨されない手法かもしれないが、彼にはそれ以上に優先すべき表現があったのだろう。

 数学者でもあった彼は「超無限」を顕(あらわ)そうとしていたという。それはプラトンの「イデア」に近い観念だったのだろうか。


 僕自身は、フィルムの性能を限界まで引き出し、適切な温度管理のもと、長期保存に耐えうる処理を旨としている。しかし、その正当な処理こそが、表現における一つの「限界」なのかもしれない。そこから逸脱した先にこそ、見えてくる世界があるのではないか。そう感じさせられた。

2026年4月28日火曜日

犬の木

 


 アンセル・アダムスの「Dogwood Blossoms」という写真作品がある。 闇に沈む岩肌から、浮き出るような存在の白いハナミズキ。 色彩を削ぎ落としたモノクロームの世界が、これほどまでに花の息吹を鮮烈に、そして饒舌に語るものかと、初めてその作品に触れたとき、衝撃が走った。

 あの日以来、僕にとって「花を写す」ということは、闇の中に光を求める行為と同義になった。自作の「粉引に花」という連作も、あの静謐な闇への憧憬から始まった。

 背景となる黒は、決して平坦な「無」であってはならない。 そこには、わずかな諧調が宿っていなければならない。壁の肌理(きめ)と光の戯れが織りなす、奥行きのある闇。その微細な濃淡のゆらぎこそが、主役たる花を引き立てるのだ。

 季節は巡り、今、街にはハナミズキが溢れている。 北米を故郷に持つその花を見上げながら、アダムスが捉えたそれとの微かな違和感に立ち止まる。花弁の描く曲線、その反り。近所で咲き誇る花たちは、どこか記憶の中の映像とは異なる輪郭を描いているように見えてならない。

 偉大な先人の背中を追うことの虚しさは承知していても、容易に逃れることはできない。

 昨年もハナミズキの撮影をしたが、どこか違和感が残るネガしか作れず、プリント作業までは至らなかった。今年は花が完全に開ききる直前、その初々しい緊張感にレンズを向けた。現像液の中で浮かび上がるネガが、いつか印画紙の上で、僕に光を放ってくれるだろうか。

 四月の湿った風の中で、まだ、理想の白を探し続けている。

2026年3月10日火曜日

写真批評

 金村 修 著「写真批評」


 金村修氏のエッセイが写真界隈で話題になっているので、読んでみた。


 金村氏といえば、かつて『日本カメラ』のモノクロ写真部門で月例フォトコンテストの審査員を務めていた時期がある。その容赦のない選評は非常に魅力的だった。「卓越した、普通にうまい写真」などは、まず選ばれない。どんな写真であれば選ばれるのか、皆目見当がつかないほどカオスな月例だったと思う。

 

 もしかすると、そんな月例だからこそ自分にも勝機があるのではないか——。

 そう思い、その年は一回だけ応募してみたのだが、幸運にも入選して誌面に掲載されたことがある。その際にいただいた選評は、写真の体裁を整える技術など一蹴され、剥き出しの何かが引きずり出されるようなものだった。その言葉は、良くも悪くも一生、僕の心に深く突き刺さっている。それはある種の呪縛と救済のようなものだった。


 その月例で好評を博した金村氏は、翌年から同誌で「金村修に叱られたい!」という連載コーナーも担当されていた。

 そんな金村氏が綴るエッセイが、面白くないはずがない。360ページというボリュームながら、一つの章を読み終えて次をチラ見するたび、どうしても気になって読み進めてしまう。結局、それほど時間をかけずに読了してしまった。

 随所にベッヒャー夫妻やバルト、ポロック、アジェといった名前が登場するため、これらの名に反応する読者なら、随所で立ち止まらされるだろう。


2025年11月4日火曜日

偶然を必然に変えるまでの時間

 
 現代美術家であり写真作家でもある杉本博司氏。
 彼の代表作「海景」シリーズ。その最初の一枚は、カリブ海を訪れたとき、偶然に撮影された一枚から始まったという。

 南洋の強い日差しの下、奇跡のように雲ひとつない水平線。
 そして、たまたまうまくいったネガ現像。
 数々の偶然が重なり、あの一枚が生まれた。

 しかし、杉本氏は語っている。
 「偶然(マグレ)には再現性がない」と。
 その偶然を必然へと変えるまでに、十年の歳月を要したという。

 巨匠ですら、十年。
 けれど、その「マグレ」を見逃さなかった眼差しこそ、すでに必然の萌芽だったのだろう。

 杉本氏によれば、初期の頃はどれほど丁寧に作業しても、現像ムラが避けられなかったという。それを克服するために、自ら道具を考案し、理想の調子で現像できるようになるまで、十年を費やしたらしい。

 僕もまた、シートフィルムの現像ムラに長く悩まされた一人だ。
 杉本氏の8×10に比べれば、僕の4×5などまだ扱いやすい方だろう。
 それでも、皿現像、ハンガー現像、各社のタンク現像……方法を変えても、どれも満足のいく結果が得られなかった。

 現像ムラの原因を、「道具のせいではなく、自分の技術が未熟だから」と結論づけた。
 だが、何年も試行錯誤を重ねても、ムラは消えない。
 現像液の温度、攪拌のリズム、時間、濃度。
 すべてを見直しても、フィルムのトーンには微かな不均一が残った。

 転機は、友人が3Dプリンターで作ってくれたシートフィルムホルダーだった。
 使い慣れたステンレスタンクにそれを装着して試してみると、長年悩まされたムラが嘘のように消えた。

 ――原因は技術だけではなく、道具にもあったのだ。

 もちろん、皿現像を完璧にこなす人もいる。
 あるいは、被写体にトーンのフラットな部分が少なければ、ムラは目立たないのかもしれない。
 それでも僕には、この解決がひとつの“救い”に思えた。
 長い間見えなかった水平線が、ようやくくっきりと浮かび上がったような感覚だった。

 杉本氏の「海景」シリーズは、奇跡のような偶然から始まった。
 だが、その後の長い時間の中で、偶然は確かな必然へと変わっていった。

 おそらく偉大な作品の多くは、そうして生まれていくのだろう。
 ふと訪れた瞬間に“偶然”が宿り、それを受け止めるための“準備”と“悟性”が、写真家の中で静かに育っていく。

 その最初の一枚を「撮る」ために必要なのは、技術でも運でもない。
 現象を深く見つめ、世界の成り立ちを理解しようとする意志――
 それを作品として形にできる、成熟した眼差しなのだと思う。