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2026年4月9日木曜日

暮色の湖岸


 
 今年の桜の開花は、例年よりも一週間ほど早かった。

 ここ岐阜ではすっかり満開を過ぎ、葉桜になりつつある。昨日の雨と風が季節の移ろいを加速させたのだろう。近所の桜の名所からも花見客の姿は消え、観光駐車場の監視員が所在なさげに佇んでいた。

 湖北の桜が満開を迎えるのは、岐阜よりも一週間ほど遅い。「今シーズンはまだ一枚も桜を撮れていない」という焦燥にも似た思いに突き動かされた。まだ間に合うのではないか。そう信じて大判カメラ一式を車に積み込み、湖岸の暮色に染まる桜を求めて北へと向かった。

 琵琶湖は広いが、桜と岩礁、そして湖面を一つの画面に収められるポイントは限られている。かつてカヤックを出し、湖岸の表情を丹念に探った時の記憶を頼りに、目的の場所へと足を進める。

 写真は不確定要素の積み重ねだ。現地へ赴いたところで、望み通りの花が咲いているとは限らない。花見客で溢れて車を止められないかもしれないし、狙った場所に先客がいるかもしれない。風が吹けば枝は揺れ、現像のプロセスにも失敗のリスクは潜んでいる。

 それでも、行かなければ何も得ることはできない。

 午後2時。明るいうちに構図を追い込もうと、不安定な岩場に三脚を据えた。絶好の撮影ポイントというものは、なぜいつもこうも足場が悪いのだろうか。

 超広角レンズを装着し、蛇腹を繰り出しながら構図を絞り込んでいく。用意したフィルムは6枚。これで十分だ。40分ほどかけてセッティングを終え、日没の時刻を調べると、まだ4時間もの時間があった。

 なぜ、陽光の下でシャッターを切らないのか。
 日中は輝度差が大きすぎるからだ。湖面は陽光を跳ね返して白飛びし、岩場の影は深く沈み込む。フィルムのラティチュード(記録再現幅)を超えてしまえば、目の前の世界を「露わにする」ことは叶わない。世界は条件が揃わなければ現れない。だからこそ、光が平坦に、弱くなる瞬間を待つのだ。

 このまま、静かに時を待つ。

 幸い、風はない。構図も決まった。これほど条件に恵まれた日は、一生のうちにそう何度も訪れるものではないだろう。

 岩の上に腰を下ろし、澄んだ湖水に浮かぶ花筏(はないかだ)を眺めたり、周囲を散策したりして過ごすが、こういう時に限って時計の針は遅々として進まない。それでも、夕刻が近づくにつれて花見客の喧騒は引き、空気は冷え込み、陽光は緩やかに傾いていく。

 ようやく午後6時を回った頃、バックにフィルムを装填し、最初の一枚に15分間の長時間露光を祈りのように捧げた。満開、そして無風。これほどの好条件に巡り合うことができず、実はこれまで一度も納得のいく桜を撮れたことがなかった。

 完全に陽が落ちるまでに、5枚のフィルムを費やした。待っている間の4時間はあんなに長かったのに、撮影に没頭した30分は、瞬く間に過ぎ去っていった。

 薄暗くなった足元を慎重に確認しながら、レンズを外し、カメラを折り畳み、三脚を縮めてその場を後にする。湖面には、トンビや猿の鳴き声が、どこか遠く響き渡っていた。

2026年1月24日土曜日

水中木、冬

 


 異例の積雪だった。

 伊吹山麓に雪が積もることは珍しくないが、湖岸がこれほど白く染まることは、そう頻繁にあるわけではない。雪景色の撮影には、またとない好機だった。幸いにも今日は仕事が休みで、自由に動ける一日でもあった。

 道中、雪道を走るリスクはあったが、「無理なら引き返せばいい」と自分に言い聞かせ、湖北へと車を走らせた。フロントガラスの向こうに広がる白さが、次第に現実味を帯びてくる。

 目的地は、多くの写真家を惹きつけてやまない水中木だ。

 僕も何度となく足を運んできた場所だが、冬になると水位が下がり、根元は小さな島のように姿を現す。その地表に雪が積もる光景を、いつか撮りたいと、長く心に留めていた。今回の降雪は、まさにそのために用意された時間のように思えた。

 昼頃に現地へ到着し、まずは数枚シャッターを切る。曇天とはいえ、日中の光はまだ強く、ND400を装着して長秒露光を試みた。その後は近くの喫茶店に入り、読書をしながら光が落ち着くのを待った。

 夕方、完全に太陽が山の向こうに落ち、湖畔に静けさが戻る瞬間を見計らって、最後の一枚に向き合う。

 昼間に撮った写真には、樹木に付着した雪の質感が、より克明に刻まれているだろう。だが、光の階調は夕方の方が美しいはずだ。遠方に浮かぶ沖島が、淡く輪郭を取り戻していく様子は、息をのむほどだった。構図もレンズの選択も、昼間とは変えている。

 個人的には、日没後の繊細な光を好んでいる。とはいえ、昼の描写が劣るわけではない。昼は150mmと300mmで対象を確かに捉え、夕刻には500mmで、その場に漂う空気ごと凝縮するようにシャッターを切った。

 使用した500mmは、山崎光学研究所のテレ・コンゴー500mm F9.5である。同社が業務を終える前年に新品で購入したものだ。この焦点距離を必要とする場面は多くなく、いつしか持ち出す機会も減っていった。一時は、手放してしまおうかと考えたことさえある。
 
 だがこの日、広角から望遠まで万全を期してレンズを携行した判断が、静かに報われた気がした。もしこの一枚が、思い描いていた通りに写っているのなら、このレンズは名実ともに、僕の「愛用の一本」と呼べる存在になるだろう。

 結果がどうであったかは、現像してみるまで分からない。

 うまく写っていないかもしれないし、暗室での工程で失敗する可能性だってある。
それでも、雪を掻き分け、踏みしめながら、コハクチョウの鳴き声を背に撮影に没頭した時間は、確かな記憶として身体の奥に残った。

 それだけで、もう十分だった。

2025年12月12日金曜日

河口の額とエポケー

 


 久しぶりに大判カメラを持ち出し、夕闇が忍び寄る薄暮の琵琶湖を撮ろうと思い、長浜へ向かった。


 午後三時には現地に着いたものの、僕が思い描いていた風景はそこにはなかった。風の強弱、空気の質感、雲の密度、湖の水位──それらの微妙な組み合わせが、僕の撮影意欲を決定づける。この日の琵琶湖は、その条件を満たしてはいなかった。大判カメラでの撮影は、早々に諦めることにした。


 ただ、このまま帰るのは惜しい。そこでニコンFGを肩に掛け、湖岸を歩いて姉川河口へ向かうことにした。柳を中心とした雑木林が防風林のように続き、その薄暗い道を抜けると、一気に視界が開けて砂浜に出た。頬に冷たい風が触れ、ようやく季節が深まりつつあることを肌で知る。


 湿度が低く、空気が澄んでいるからだろう。対岸の湖西の稜線まではっきりと見える。安曇川のあたりには低い雲がかかり、そこから雨柱が斜めに地上へ落ちていた。夏の積乱雲が落とす直線の雨とは違う。比良おろしにあおられてゆっくり傾く、その晩秋らしい雨柱を、僕はしばらく眺めた。


 夏の間に繁茂した水草は、浜辺に打ち上げられて厚く堆積し、その上を波が運んだ砂が覆っている。砂浜を歩いているはずなのに、踏みしめる足裏は布団のようにふかふかと沈み、歩みが思うように進まない。


 ところどころには、鳥に食べられた魚の骨、割れたくるみの殻、そしてペットボトルなどのゴミが漂着していた。きっと秋の終わりから吹きはじめる比良おろしに乗って、このあたりへ運ばれてきたのだろう。


 この日はさほど風が強いわけでもなかったが、姉川の河口では、琵琶湖側から逆流するように波が押し寄せていた。短い秋の陽光がその河口に反射し、薄鈍色の光をゆらゆらと揺らしている。


 その波打ち際に、小さな木製の額が落ちていた。どんな旅路を辿って、ここまで流れ着いたのだろう。僕はそれを拾い上げ、風と日差しの下でしばらく乾かした。塗料は不規則に剥がれ、ところどころ下地が覗いている。木の地肌がむき出しになった部分には、流されてきた時間がそのまま刻まれていた。


 それは、人が意図して作り出せる状態ではない。美しいのか、あるいはただ劣化したゴミにすぎないのか──どちらとも言い切れない宙ぶらりんな感情だけが胸に残る。結論を出せないまま、僕はそっとカバンにその額をしまった。


 僕は写真作品をつくるとき、工程そのものよりも「待つ時間」を大切にする。撮影、ネガ現像、引き伸ばし──どれも、一つを終えたあと次へ進むまでに、数日、ときには数週間をおく。その間に読んだ本や会った人の言葉が、じわりと自分の確信を形づくっていく。そして確信が満ちたころ、静かに作業に向かう。


 拾った額についても、同じように判断を保留し、エポケー(判断停止)の中に置いておこうと思う。エポケーは、忘れ去ることではない。問いを無意識領域に落とし込む作業である。


 いつか、この琵琶湖に洗われた額を「美しい」と思える日が来たなら、そのときは丁寧に手入れして、ふさわしい一枚の写真を入れてやりたい。

 その写真は、きっとこの額の旅路を尊ぶような一枚でなければならない。





2025年8月16日土曜日

湖岸の木陰

 

 7月の終わりにライカM-Aが手元に届いたが、あまりにも暑い日が続くので撮影に出かけることが出来ずにいた。毎晩寝る前に、M-Aを防湿庫から取り出して、ファインダーを覗き空シャッターを数回切り、また防湿庫へ戻して安心するという日々を繰り返していた。

 しばらく雨の日が続いた後、立秋が過ぎた。天気予報の予想気温はまだまだ高く、日々、最高気温の記録更新のニュースが流れている。それでも観測数値とはうらはらに空気の質は秋に近づいているのを感じる。

 そんな夏の午後、琵琶湖の浜辺で過ごそうと思い、M-Aを買ったときに付属していた使用期限が今月までのコダックのTri-Xを装填し、海津に向かった。かつて愛用していたフィルムだが、価格が高騰し、とても買えるものではなくなってしまった。かなり贅沢な気分でこの日は撮影に臨んだ。いつもはISO100設定のフィルムを使っているので、露出計の設定をISO200(減感)に設定した。

 漁港から琵琶湖を左側に眺めながら、浜辺を歩く。琵琶湖岸は場所によって、葦が繁っていたり岩礁地帯であったり様々な様相を呈している。ここは、かつての宿場町で、民家の庭と浜辺との境界が曖昧だ。生活空間と琵琶湖が接近しているため、浜辺がほどよく管理されており、とても心地が良い。
 そして、ここの浜辺の光は独特でとてもいい。湖面に反射した光が広葉樹の木陰を通過する際、浜辺の白茶色の砂に当たり拡散されつつ、民家の壁に到達する。光が変化しながら湖面から民家まで移動する、程よい距離がこの浜辺には存在する。
 木陰が心地よいせいか、昼寝している人がいた。

 しばらく浜辺を歩き進むと松林になり、あたりは松脂の香りで包まれるようになる。広葉樹とは違う形の木陰を落とし、民家もなくなるので、先ほどの光の空間はここにはない。
 いくつかの、飛び越えることができるくらいのサイズの小川の河口を越えてさらに歩くと、湖水浴客で賑わう高木浜、知内浜へ行き着くが、ここはもう静けさとは無縁の別世界である。(よくもわるくも)

 いくつかの木陰を繋ぐように、行きつ戻りつ撮影を進めていく。撮影中は、視覚以外の情報は脳に入ってこないが、カメラを下ろすと、ヒグラシやツクツクボーシの鳴き声が聞こえてきたり、歩みを進める足元の草むらからは、バッタが飛び出してくる。これから咲きそうな蕾を蓄えたユリも生えている。秋の気配をそこかしこに感じる。

 たまに吹く風は、吹く度に温度や湿度や匂いが違っている。山から降りてくる風、町屋を通り抜ける風、林間を吹き抜ける風、それぞれの場所でその場の成分を空気が含みこむのだろう。

 二時間ほど歩き、漁港のあたりに戻ったときには夕方近くになっていた。射光線の状態だと木陰の位置は早く移動していく。それでも、昼寝している人は相変わらず移動した木陰の下で眠り続けている。

 光が弱くなってくると、砂浜の照り返しが弱くなり、日中は見えなかったものが見えてくる。あたりには、二枚貝や巻貝の貝殻、鳥(鳩くらい)の卵の殻、魚か鳥の風化した骨が落ちている。そんな浜辺を、二匹の猫が走り抜けていく。

 ここは、人の生活と自然が調和した心地よい場所。

 この日、M-Aに詰めたフィルムは全て取り終えた。だって、カメラの中にフィルムが入ったままだと、寝る前の楽しみがなくなるでしょ?