この写真展に展示する作品は、ニューマミヤ6で撮影したものである。このカメラについて少し語っておきたい。
ニューマミヤ6は、レンズ交換式の6×6中判電子制御式レンジファインダーカメラである。その名に「ニュー」を冠しているのは、かつてマミヤ6というスプリングカメラが存在したからだろう。この時代、「ニュー」という言葉は流行の兆しを見せていたように思う。「ニューミュージック」や「ニュージェネレーション」という言葉が飛び交い、カメラの世界でも「ニューFM2」や「ニューF-1」といった新機種が登場した時代であった。
ニューマミヤ6もまた、内部に蛇腹構造を持つ。レンズを沈胴させることでコンパクトに持ち運べる反面、その構造は複雑である。後継機であるマミヤ7(6×7)ではこの蛇腹構造が廃止された。1989年にグッドデザイン賞を受賞しているが、正直なところ、僕はそれほど格好いいとは思っていない。
このカメラとの出会いは、1996年頃に参加したマミヤ645AFの撮影体験会でのことだった。マミヤの社員の方にニューマミヤ6を紹介してもらったのだが、「一眼レフでもないし、何に使うのだろう?まったく用途がないカメラだな」という印象しか抱かなかった。
その後、中判カメラに興味を持ち、ヤシカマット124Gを購入してみた。しかし、二眼レフ特有の操作感と6×6のスクエアフォーマットに馴染めず、すぐに手放してしまった。再び時が流れ、2001年にライカM6TTLを購入したことで、僕はレンジファインダーカメラの魅力に目覚めた。そこで、脳裏から消えかかっていたニューマミヤ6が、再び光を放ち始めたのである。二眼レフとは異なり、レンジファインダーであれば違和感なく使えるに違いない、そう確信した。
だが、その頃にはすでにニューマミヤ6は生産終了しており、そもそもあまり売れたカメラではなかったようで、探すのに苦労した。そんなある日、2003年に名古屋の中古カメラ店で幸運にも見つけることができた。75mmのレンズ付きで135,000円だったと思う。高価だと思いながらも購入したが、今ではもっと価値が上がってしまっている。
実際に使ってみると、一眼レフとは違いミラーがないため、対称型レンズの設計が可能になったせいか、非常に描写力の高いレンズであることがわかった。翌年には50mmの交換レンズを買い足した。他に150mmのレンズがあるが、使用する機会はなさそうなので、購入することはまずないだろう。
ボディは適度な重量感があり、人間工学的に握りやすい。そして、レンズシャッターであるため、手ブレに強いのだ。手持ちで1/8秒のシャッタースピードでも不思議とブレずに撮れる。また、6×6の正方形フォーマットは、縦横の区別がないため、フレーミングを素早く決めることができる。
ただ、TTLではない測光方式は、時折信用できないと感じることがある。絞り優先AEも使えるが、僕はマニュアル露出でしか使ったことがない。さらに、電子制御式シャッターであるため、いつまで使えるかという不安が常につきまとう。15年ほど前、75mmレンズのシャッターが不調になり、津島市にあるマミヤ認定修理店の山田テクニカルサービスに直接持ち込み、オーバーホールをしてもらったことがある。あれから随分と月日が経ち、今ではオーバーホールも難しく、どこまで修理可能かもわからないだろう。
こうした不安から、しばらくしてローライコードⅣを購入した。様々な経験を積んだことで、この頃には二眼レフの操作に違和感がなくなっていた。レンジファインダーと二眼レフはまったくの代替にはならないだろうが、これで人生における不安要素が一つ減ったわけである。同時に、ローライコードⅣと付き合っていくという新たな責任も生まれたのだが。
ニューマミヤ6は、普段はあまり使うことはない。しかし、海外旅行に行く際にはよく持って行き、その機動性の高さから、たくさんの写真を撮ることができた。最近では、冬に雪が積もる山村を撮り歩くときの相棒として、常にこのカメラを選ぶ。
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