2025年12月1日月曜日

偶然の雨、必然の光

 

 平日の午後にぽっかりと空いた時間を抱えて、僕は大阪へと向かった。今回の旅に、特別な地図や明確な目的地はない。「何となく」その時間を過ごせれば、それで良かった。一泊二日という時間は、自分に都市の空気を取り込むには案外短い。

 街のスナップを撮るつもりで、愛用のEOS Kiss IIIにEF50mm F1.8 STMを装着し、敢えてフィルムを装填しないまま、バッグに無造作に押し込んだ。このカメラは、資産としての価値はほぼないけれど、実用には全く不足がない。だからこそ、緩衝材など使わず、雑に放り込んで運べるのがいい。そんな乱雑な扱いで、あちこちの国を旅したにもかかわらず、不思議と壊れもせず、目立った傷もない。

 早めにホテルにチェックインし、借りた自転車に跨る。首からはフィルム未装填のEOS Kiss IIIを提げ、コートの内側に隠すようにして、南船場にある大阪写真会館を目指した。堺筋をひたすら北へ。車道には、自転車レーンの青い路面標示が鮮やかに敷かれているのに気付く。変速機のない簡易な自転車で、旅先を自分の脚で漕ぎ進むとき、この「まち」がより肌理細やかに、身近なものとして僕には感じられる。

 大阪写真会館に到着し、自転車に鍵をかける。

 古き良き中古カメラ店が複数入居するその建物で、僕は「矢倉カメラ」の扉を開いた。数年ぶりの訪問だが、店内の佇まいは一切変わっていない。商品が混沌とした魅力を放って陳列される光景は圧巻で、あらゆる時代の機種、レンズがここに集結しているのではないかと思わせる量だ。目当ての品がある場合は店員さんに告げれば出してもらえるが、この雑然とした棚を眺めているうちに、思わぬ“出会い”がある。ここでは、客自身の探す力量が問われている気がする。

 この日、僕が「見てみたかった」のは、世界最小の機械式一眼レフのペンタックスMXか、あるいは「プログラムニコン」の愛称を持つニコンFGだった。どちらも、小型軽量で、フィルム交換式フォーカルプレーンシャッター機という共通点を持つ。

 そもそも「見たかった」という意識、そしてEOS Kiss IIIが「フィルム未装填」であるという事実は、この日の僕の心理状態を如実に示唆していた。つまり、「もし気に入った状態のものがあれば、連れて帰りたい」という、漠然とした期待だ。しかし、中古の宿命で、在庫があるか、あったとしても状態が好ましいか、それは分からない。その不確かな旅の記録を、もしものために請け負うのが、バッグの中のEOS Kiss IIIだった。

 ショーケースを覗き込むと、ニコンFGのシルバーが2台、静かに重ねて置かれているのに気づいた。ペンタックスMXは見当たらない。もしかしたら大量のカメラに埋もれていたのかもしれないが、それ以上探す気にはなれなかった。

 2台のFGを見せてもらい、僕はその歴史と対話する。電池を入れ、何度もシャッターを切り、露出計の動作も確認する。細かな汚れは、持ち帰ってから自分で丁寧に拭き取ればいい。大きな凹みや傷はない。しかし、二台とも三脚穴の周囲には、三脚に取り付ける際にできたスリ傷が付いていた。それは、このカメラが誰かの手で、間違いなく使われてきたという、確かな歴史の証しだ。三脚を使うということは記念写真だろうか。はたまた花火でも撮ったのだろうか?

 2000円ほどの価格差があったが、気になる場所の傷が少なかった安い方を選んだ。

 軽量なカメラには、やはり軽量なレンズを合わせたい。プログラム露出を搭載したFGには、AI Nikkor 50mm F1.8Sが最良の相棒だろう。このレンズも2本の在庫があった。実店舗で中古を購入する最大の価値は、同じ個体を比較できるという体験だ。絞りとピントリングをそれぞれ操作してみる。一本はスカスカと軽いトルク。もう一本は、しっかりとグリスが残っていそうな、ねっとりとしたトルクを感じた。後者には、純正のラバーフードも付属していた。光学系はどちらも問題ないようだ。価格差は1000円ほど高かったが、僕は後者を選んだ。

 サービスでキャップや電池、そしてこの時代のニコンのストラップも探して付けてもらい、フィルムを装填したFGをエアキャップに優しく包んでもらい、店を出た。

 秋の終わりの短い陽光が、街を淡く照らしている。ISO100のフィルムでも、この開放値のレンズならば、電飾に彩られた都市を撮るには十分だ。ホテルに自転車を返し、EOS Kiss IIIを部屋に置いて、僕は真新しい相棒と街を歩き始めた。

 11月の終わりだというのに、もう街はクリスマスの電飾に彩られている。とっくに閉店時刻を過ぎた銀行のガラスには、街の人工的な光が長く映り込み、足早に過ぎていく人々の影が、ときおりその光を遮ってゆく。

 僕は、その様をひたすら絞り開放で撮影していく。

 絞り開放で撮影するということは、開放測光の一眼レフにとって、見たままの像がフィルムに露光されるということだ。シャッタースピードは15分の1秒くらいになっているだろうか。手ブレの心配など、今はどうでもいい。今、この時、この場所で、目の前の光景を深く観察し、シャッターを切ることだけに、全神経を注ぐのだ。

 その刹那、ポケットの中でスマートフォンが微かに振動したような気がした。確認してみると、雨雲が急速に近づいている。通り雨だが、かなり強い雨になりそうだ。雨の予報ではなかったため、傘はホテルに置いてきてしまった。

 ほどなくして、大粒の雨が降り始めたので、僕は慌てて歩道橋の屋根の下で雨宿りする。すぐ近くにいた路上ミュージシャンと、急な天候の変化について、少し会話を交わしているうちに、雨は嘘のように止んでいった。

 雨上がりの夜の町は、光に満ち溢れている。先ほどの銀行のガラスには水滴が残り、路面には大きな水たまりが、もう一つの光の都市を映し出す。雨が降る前よりも、ずっと多くの光が溢れていた。

 平日の帰宅ラッシュの時間が終わるころには、僕はフィルムを一本撮り終えることができた。

 ニコンFGは、学生時代、写真部の先輩が愛用していたカメラだ。今回縁のなかったペンタックスMXは、恩師が使っていた。この時代のカメラは、今でも中古カメラ店で、「ちゃんと動くもの」として入手できる。当時のカメラは魅力的なものが多く、友人たちがそれぞれの機種を使っていた。そのため、カメラを見れば、それを愛用していた誰かを思い出さずにはいられない。

 あれから随分と年月が流れ、様々な人が僕の人生を通り過ぎていった。

 今回、再びカメラと出会ったように、いつかまた、あの人たちとも出会うことがあるのだろうか。それは、中古カメラ店のように足繁く通えば叶う、というほど簡単なことではない。だからこそ、僕は今、この手にあるカメラで、移ろいゆく光の刹那を焼き付け続けていたいと思う。

 撮ることは失われたものへ手を伸ばす行為なのだろうか。すべてが未整理のまま、しかし確かに存在している。

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