2025年9月5日金曜日
タチハラフィルスタンド45Ⅱ
2025年9月1日月曜日
写真の旅
たまには都会の空気を吸いに行きたくなり、一泊二日の予定で大阪近郊の写真ギャラリーを巡ることにした。もちろん、旅の目的はそれだけじゃない。都会でのスナップ撮影、中古カメラ店のウィンドウショッピング、そして美味しいもの😋との出会い。あれもこれもと欲張っていると、一泊二日では時間がいくらあっても足りないだろう。
今回訪れたいギャラリーは、ナダール京都大山崎、ギャラリー・アビィ、solaris、そしてLime Lightの4つだ。しかし、平日に動くので、ギャラリーの休廊日とどう向き合うかが悩ましいところ。ナダール京都大山崎には足を運んだことがなかったが、残念なことに今月で閉店してしまう。だからこそ、行けるうちに行っておきたいという思いが募る。
他の3つのギャラリーは、以前個展を開いた際、DMを置かせてもらったことがある。アビィとsolarisは互いに近いので、時間をかけずに回れそうだ。Lime Lightへは、以前ホテルで自転車を借りて訪れたことがある。あの時は歴史を感じる街を駆け抜けるような感覚で楽しかったが、今回は時間的に少し厳しいかもしれない。
さて、限られた時間の中で、いったいどのギャラリーの扉を叩けるだろうか。どの作品と出会い、どんな刺激を受けられるだろう。忙しい旅になりそうだが、そんな旅もまた楽しい。
2025年8月30日土曜日
NFTと複製芸術における一回性の「アウラ」
作品が特定の時間と場所に存在する唯一無二の存在であるとき、そこには「アウラ」が宿る──20世紀初頭のドイツの哲学者ベンヤミンは「複製技術時代の芸術作品」でそのように論じている。写真や映画は限られた人々のものではなく、複製によって普遍的な価値を持つが、その過程で「アウラ」は失われていく。
ここで注意すべきは、「アウラ」が共通認識ではなく、個々の体験によって形成される個別認識であるという点である。さらに言えば、たとえ唯一無二の存在であっても、それが認識されなければ「アウラ」は存在しない。たとえば、庭に生えている雑草も生命を持つ以上、唯一無二の存在ではある。しかし、僕がそれに何も感じなければ、そこに「アウラ」は生じないのと同じである。
「アウラが存在する」と表現すると、あたかも実体としてそこに何かがあるように響く。しかし「存在する」よりも「感じる」という言葉に置き換えた方が、日本人にはしっくりくるのかもしれない。少しオカルト的ではあるが。
NFT技術をご存じだろうか。
簡単な例を挙げれば、あるデジタルデータ(画像でも音声でもよい)があったとする。それをブロックチェーン技術によって複数のコンピュータで所有者履歴などを管理し、唯一無二のデータとして扱うのがNFTである。(法務局での登記のようなものと考えるとわかりやすい。)ただし、これは「複製できない」ことを意味するわけではない。複製は可能だが、それらには証明が付与されないため、オリジナルと複製品は区別可能である。
では、唯一無二であることで、そのオリジナルデータに「アウラ」を感じるだろうか。
この場合、オリジナルと複製品の違いは、証明の有無にすぎない。そこにあるのは「アウラ」ではなく、希少性という名の資産的価値ではないだろうか。
たとえば、自宅で音楽を聴く場合を考えてみよう。NFT化された音声ファイルと複製された音声ファイルとでは、まったく聴き分けができない。オリジナルだから音が良いわけではなく、複製だから音が劣化するわけでもない。
ベンヤミンは1940年に亡くなっているため、オリジナルと完全に同一のコピーが可能になる時代を想像することはなかっただろう。したがって、ベンヤミン以後の世界では、作品における「アウラ」を再定義する必要があるのではないか。
・丁寧にプリントされ、展示された作品にはアウラが宿る(大量生産は不可能)。
・ストレージ内の画像データには存在せず、モニター表示の作品にも希薄である。
・プリント作品(同じものを再現できない)にはアウラがあるが、ネガには存在しない。
・クラシックカメラは年月を経て唯一無二の存在となりアウラを持つが、新品のカメラには存在しない。
・紙媒体の写真集にはアウラがあるが、電子書籍には存在しない。
・生ビールにはアウラがあるが、缶ビールには存在しない。
・ライブ演奏は一回性ゆえにアウラが宿る。レコードは聴き込むほどに摩耗し唯一無二となるため、そこにアウラが生まれるように思える。PC内のデジタル音声ファイルには存在しないが、再生機器や環境により音が変化するため、再生の瞬間にアウラが立ち現れる。
・ニュース番組などの生放送にはアウラがある。録画放送や編集済み番組には存在しない。
状況によって「アウラ」の有無の捉え方は変化し、非常に興味深い。しかもこれは冒頭で述べたように「個々の体験により形成される個別認識」であるが、同じ文化圏で同じ時代を生きる人々の間では、意外と似たような感覚が共有されるのではないだろうか。
2025年8月28日木曜日
大判写真
2025年8月26日火曜日
ニューマミヤ6
この写真展に展示する作品は、ニューマミヤ6で撮影したものである。このカメラについて少し語っておきたい。
ニューマミヤ6は、レンズ交換式の6×6中判電子制御式レンジファインダーカメラである。その名に「ニュー」を冠しているのは、かつてマミヤ6というスプリングカメラが存在したからだろう。この時代、「ニュー」という言葉は流行の兆しを見せていたように思う。「ニューミュージック」や「ニュージェネレーション」という言葉が飛び交い、カメラの世界でも「ニューFM2」や「ニューF-1」といった新機種が登場した時代であった。
ニューマミヤ6もまた、内部に蛇腹構造を持つ。レンズを沈胴させることでコンパクトに持ち運べる反面、その構造は複雑である。後継機であるマミヤ7(6×7)ではこの蛇腹構造が廃止された。1989年にグッドデザイン賞を受賞しているが、正直なところ、僕はそれほど格好いいとは思っていない。
このカメラとの出会いは、1996年頃に参加したマミヤ645AFの撮影体験会でのことだった。マミヤの社員の方にニューマミヤ6を紹介してもらったのだが、「一眼レフでもないし、何に使うのだろう?まったく用途がないカメラだな」という印象しか抱かなかった。
その後、中判カメラに興味を持ち、ヤシカマット124Gを購入してみた。しかし、二眼レフ特有の操作感と6×6のスクエアフォーマットに馴染めず、すぐに手放してしまった。再び時が流れ、2001年にライカM6TTLを購入したことで、僕はレンジファインダーカメラの魅力に目覚めた。そこで、脳裏から消えかかっていたニューマミヤ6が、再び光を放ち始めたのである。二眼レフとは異なり、レンジファインダーであれば違和感なく使えるに違いない、そう確信した。
だが、その頃にはすでにニューマミヤ6は生産終了しており、そもそもあまり売れたカメラではなかったようで、探すのに苦労した。そんなある日、2003年に名古屋の中古カメラ店で幸運にも見つけることができた。75mmのレンズ付きで135,000円だったと思う。高価だと思いながらも購入したが、今ではもっと価値が上がってしまっている。
実際に使ってみると、一眼レフとは違いミラーがないため、対称型レンズの設計が可能になったせいか、非常に描写力の高いレンズであることがわかった。翌年には50mmの交換レンズを買い足した。他に150mmのレンズがあるが、使用する機会はなさそうなので、購入することはまずないだろう。
ボディは適度な重量感があり、人間工学的に握りやすい。そして、レンズシャッターであるため、手ブレに強いのだ。手持ちで1/8秒のシャッタースピードでも不思議とブレずに撮れる。また、6×6の正方形フォーマットは、縦横の区別がないため、フレーミングを素早く決めることができる。
ただ、TTLではない測光方式は、時折信用できないと感じることがある。絞り優先AEも使えるが、僕はマニュアル露出でしか使ったことがない。さらに、電子制御式シャッターであるため、いつまで使えるかという不安が常につきまとう。15年ほど前、75mmレンズのシャッターが不調になり、津島市にあるマミヤ認定修理店の山田テクニカルサービスに直接持ち込み、オーバーホールをしてもらったことがある。あれから随分と月日が経ち、今ではオーバーホールも難しく、どこまで修理可能かもわからないだろう。
こうした不安から、しばらくしてローライコードⅣを購入した。様々な経験を積んだことで、この頃には二眼レフの操作に違和感がなくなっていた。レンジファインダーと二眼レフはまったくの代替にはならないだろうが、これで人生における不安要素が一つ減ったわけである。同時に、ローライコードⅣと付き合っていくという新たな責任も生まれたのだが。
ニューマミヤ6は、普段はあまり使うことはない。しかし、海外旅行に行く際にはよく持って行き、その機動性の高さから、たくさんの写真を撮ることができた。最近では、冬に雪が積もる山村を撮り歩くときの相棒として、常にこのカメラを選ぶ。
2025年8月23日土曜日
フィルム用現像液について
白黒フィルムの現像は、とても簡単である。暗室もいらないし、一回目からほぼ失敗なく出来ると思う。独学でも十分だ。現像という行為そのものは、敷居が低いものだが、その奥にあるトーンの追求は無限である。
白黒フィルムの現像は、コントラスト、粒状性、シャープネスが、ここでほぼ決まってしまうので、重要な工程である。引伸ばしの段階でそれを補うことは困難だ。作家独自のトーンがあるとしたら、この工程で形成されると言ってもいい。
カラーネガフィルムはC41、リバーサルはE6処理で現像されるが、現像液も処理温度も決まっているため選択の余地はない(例外を除く)。そのため、どこで現像しても工程さえ逸脱しなければ同じ結果になる。
白黒フィルムの現像液は用途によって様々な種類がある。一生かかっても、試すのは無理なくらいの数があると言っていい。でも、ざっくり分類するとこの4種類だと思っていい。
1 標準現像液
2 微粒子現像液
3 増感現像液
4 高先鋭現像液
ただし、はっきりとこのように分類は出来ない。例えば国内で最も安価で入手しやすいフジのSPD(スーパープロドール)は、標準現像液と増感現像液の中間くらいだと思うし、ミクロファインは微粒子現像液ではあるが、希釈すれば高先鋭化も期待できる。
そして、現像液によって感度が出にくいものがあるので、そうした現像液を使う場合は、撮影感度をISO感度よりも下げて撮影する必要がある。
成分を見れば、どんな性格の現像液なのか、だいたい分かるようになってくる。どのフィルムにも、どの現像液にも「豊かな諧調で微粒子に仕上がるよ」と書いてあったりするが、それはそのまま受け取ってはいけない。あくまでも自分の好みで判断する必要があるのだ。
以上が、基本的なことである。
僕の場合は、感度は少々犠牲になってもいいから、柔らかい調子、豊かな諧調、微粒子、先鋭度はそこそこあれば良く、薬剤の調達が容易で安価なものを探した結果、シュテックラー氏二浴式現像液を使用している。少々、オカルト的な扱いをされる現像液ではあるが、20年以上この処方を愛用している。
調合済みの市販品だと、D23が近いのかな。現像主薬のメトールと無水亜硫酸ソーダだけというシンプルな処方である。
写真家(というか美術家)の杉本博司さんの著書の中に、アンセル・アダムズの教科書に掲載されている現像処方を全て試して、19世紀のメトール単体の処方に行き着いた。という下りがある。もしかしたら、杉本さんの処方もD23に近いものなのかもしれない。
ちなみにD23は、標準現像液と微粒子現像液の中間くらいの位置づけである。
白黒フィルムの現像なんて、すっかり枯れた技術だが、それでも比較的新しい時代の現像液はいろいろ出ているようだ。あまりにも多くの現像液を試していると、試しているだけで何年も過ぎてしまうし、試している程度の使い込み方ではその処方を極めたとは到底言えないので、気に入ったものが見つかったら、その現像液とずっと付き合った方がいい。それが自分独自のトーンになる。
僕が愛用しているシュテックラー氏二浴式現像液は、亜硫酸ナトリウムがたっぷり入っているため、微粒子に仕上がるが、後半のアルカリ浴で、エッジ効果も期待できる。そのため、微粒子でありながら、シャープネスも得られる。そして、ハイライトの現像があまり進行しないため、白飛びを抑えることが出来る。
その反面、メトール単用の現像液であることから、現像力は強くはなく、感度が出にくい。シャドー部の記録を確保するために、ISO感度の半分くらいで撮影する必要がある。
白黒フィルムは、できることなら自分で現像するのが望ましい。安価に済むだけではなくいろんな発見があるから。店に出してもいいけど、どんな現像液でどんな処理されているか分からないでしょ?多くの場合、経済性優先の強力な現像液で高温短時間処理されているんじゃないのかな。それは、失敗ではないけど決して調子の良いものではない。
自分でやれば目的に合わせた現像液を選択できるし、減感、増感も思いのままである。
2025年8月22日金曜日
フォマパン200はフィルム価格高騰時代の救世主となるか
今日もしつこくフォマパン200の話です😁
白黒フィルムは、一般的なパンクロマチック以外にも感色特性の違いにより、オルソマチックや赤外線フィルムもあるが、僕にはそれらを使った表現方法が見つからないので、常用フィルムを選ぶ際には、パンクロマチックの中から選んでいる。その中でも、カラーネガと同じ現像処理(C41)をする色素タイプは除外する。
そうなると、トラディショナルタイプ(Tri-X等)と、タブラータイプ(T-max等)の中から選ぶことになる。
フィルムメーカーのブランドイメージや品質で選ぶのもいいと思うけど、僕はそういうのは気にしない。安価で品質に問題がなく自分の好みに合っていればそれでいい。
(ここの部分は読み飛ばしてもいいけどね)
ちなみに、135って、何?って思われる諸氏もおられるかと思うが、世間一般で35ミリフィルムと呼ばれているものである。いろんな誤解でそう呼んでいる人が多いと思うけど、正確には違う。そもそも縦横比24ミリ×36ミリなのでどこにも35ミリは存在しない。
まあ、別にいいけどね。会話の中で、誰かが35ミリフィルムと言っても、いちいち「それは違うぞ」と、訂正を求めることはない。僕もうっかり35ミリフィルムって言ってしまうこともあるし。
フィルムの銘柄は出来るだけ変えたくない。フィルムを変えると現像データを作らないといけないのが、大変面倒だからである。データシートの現像時間はあくまでも参考値なので、自分が使っている引き伸ばし機の種類等で変えなくてはいけないのだ。この辺りのことは、また別の機会に書くことにしよう。
可能であれば、品質的に安心して使うことが出来るコダックやイルフォードを選択したいが、価格的にまったく安心出来なくなったのでもう使うことは出来ない。選択肢がないなら高くても使うと思うけど、他にも安価に供給してくれているメーカーがあるんだから、それを検証してみようという努力は必要だ。
そんなわけで、フォマパン200クリエイティブである。OEM商品で、国産メーカーのマリックス200や、アリスタED200も存在する。他にもあるかも。中身は同じなので、安価に入手できるものを買えばいいと思う。
フォマには、フォマパン100クラシック、フォマパン400アクション というフィルムもある。これは試してみたが、まったく自分の好みには合わなかった。この三種類の中で200だけが、T粒子タイプのフィルムであるが、それはあまり関係ないと思う。
フィルムのISO感度と、実効感度は違うため、撮影感度は実効感度で撮影しなくてはならないが、概ね半分くらいになると言っていい。ISO200のフォマパン200は、実効感度は100となるため、非常に使いやすい。手持ち撮影でも十分だ。
他にも、ケントメア400も試してみたが自分には合わなかった。あとは、中国製の上海GP3や、ラッキーSHD400あたりも大変気になってはいるが、今のところは手を出していない。
フォマパン200にも、不満なところはある。135と45は問題ないのだが、不満があるのは120である。それは、ベースのポリエステルがとにかくペラペラなのだ。データシートを見ると、0.1mmの厚さしかない。画質的には不満はないのだが、現像するときにかなり神経質になる。
全てのフォーマットを同じ銘柄で統一したいところではあるが、120だけは、最近発売されたケントメア200に変えようと思い最近少し買ってみた。データシートによると厚さが0.125mmと書かれているので、フォマよりも少し分厚い。今は暑い時期なので、もう少し気温が下がったら、現像データを作ってみることにしよう。
フォマは不思議なメーカーである。20年前、国内量販店での価格は、フジやコダックよりもフォマの方が高かった。その当時と比べてフィルム価格は5倍ほどの価格になっているが、フォマはそれほど値上がりしていなくて、今や安価なフィルムになっている。他メーカーが値上げするほど、趣味で写真をやっているような層はフォマに流れていくのかもしれない。
僕の写真人生の前半はフジ、後半はフォマとのお付き合いになりそうな気がする。




